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勝たないと人生が終わる。それほどの気持ちで臨んだパラリンピック




現在発売中の著書『闇を泳ぐ』では、木村自身の半生が描かれている。先天性疾患のために2歳で視力を失い、その後、目の影響と折からのやんちゃな性格もあって、物にぶつかったり転んだりするなどケガが絶えなかった木村を心配した母・正美さんが、ここならどんなに動き回っても大丈夫ということから、小学4年生で水泳を始める。

本書で垣間見えるのは、木村の明るさと挑戦意欲のたくましさ。屈託のなさや好奇心旺盛な性格は、今回のインタビューでも強く感じたが、同時に本書で印象的だったのが描写力。

精緻な筆致もさることながら、その場の人いきれが伝わるようなリアリティという言葉ではおさまらないほど写実的なのだ。その理由を訊くと木村はこともなげに話す。

「私の場合、いろんな場面の記憶が会話とセットで覚えていることが多いのです。だから生身に近い会話や描写になったのかなと思います。ただ比較的最近のことであるアメリカでの出来事は、日記をつけていたのでそこは鮮明になっています」。

とりわけ同級生との東京での寮生活の模様は、さながら映画『スタンド・バイ・ミー』を彷彿させる青春冒険活劇のよう。懐かしそうに目を細めながら、さらに饒舌になる。

「あの頃は自分の人生の全盛期と言ってもいいくらい、濃密な時間を過ごしましたから(笑)。当時はそこまで印象深いこととして心に残るとは思っていませんでしたが、今改めて振り返ってみるとすごく楽しかったです」。

当時は友人との楽しい時間があったからこそ、水泳の練習にも身が入った。今回の東京2020パラリンピックでも、水泳以外の時間はとても大事だったという。

「特にこの東京2020パラリンピックでは勝つことにこだわっていたといいますか、負けることが怖かったですし、勝たないと人生が終わるというくらいの気持ちで臨んでいました。
いろいろと考えることも多く、練習をしなくても疲れるんです。だから特別に何かをしていたわけではないですが、競技のことをまったく考えない時間というのは自分にとってはすごく貴重でした」。



2024年のパリパラリンピックに関しては白紙状態。今は選手として、またひとりの男性として未来への展望を模索している最中であるという。

その中には家族を持つという未来予想図もある。木村にとって理想の家族とはいったいどんなものなのか。

「何げないことですが、毎晩みんなで食卓を囲めるような家族です。その要因として、僕自身が小学校卒業と同時に上京し、家族団欒というものをほとんど経験してこなかったことがあると思います。だからひとり暮らしのときの食事も、外食よりもどちらかというと家で食べることのほうが好きですし、心のどこかに家族で過ごすことへの憧れがあるのだと思います」。

女優の広瀬すずさんの大ファンであることは著書でも書かれているが、それを承知のうえで、理想の奥さまはどのような女性ですかと、意地悪な質問をしてみた。すると、あれだけ饒舌だった木村が、途端に無口に。「うーん」と思案しつつ照れ笑いを浮かべながら、何ともチャーミングな答えが返ってきた。

「広瀬さんはファンではありますが、奥さんだなんて絶対に無理です。だってあれだけ素敵な人だったら、24時間心配していなきゃいけないですから(照笑)。ファンでいるくらいの距離感がちょうどいいです」。

最後に、プライベートでも仕事でも、生きている間に成し遂げたい「夢」を訊いてみた。すると出てきた答えは、大好きなおしゃべりに関することだった。

「完全なバイリンガルといいますか、英語をちゃんとしゃべれるようになりたいです。話をすることが大好きなので、コロナ禍が明けたらいろんなところに行って、その土地ごとに友達が欲しいです。ストレスなく自然に、日本人と普通に会話をするような、そのくらいの会話レベルになることが目下の夢です」。

インタビュー終了。深々とお辞儀をして席を立つ木村に、今いちばん会って話したい人は誰か訊いてみた。すると再び照れ笑いを浮かべながら。

「それはやっぱり……(照笑)」。おしゃべり好きの木村だが、なぜかこの話になると途端に口が重くなる。わかりやすい、実にチャーミングな男なのだ。
 

木村敬一の10問10答


Q1. 東京2020パラリンピックとは?

やって良かったというもの。

Q2. 水泳以外でやってみたい競技は?
カヌーかアルペンスキー。

Q3. これまでのアスリート人生にタイトルをつけるなら?
闇を泳ぐ(笑)。

Q4. 最後の晩餐に食べたいものは?
あさりの味噌汁。

Q5. 一日が3時間増えたら何がしたい?
しゃべりたい(笑)。

Q6. 100万円もらったら何に使う?
旅に出ます(東ヨーロッパ)。

Q7. 休み(オフ)の日は何をしている?
自宅でゴロゴロ。

Q8. やめたくてもやめられない習慣は?
部屋が散らかること。

Q9. テンションを上げるためにすることは?
YouTubeのお笑い動画(かまいたち、サンドウィッチマン)。

Q10. 最近買ったものは?
「ユニバーサルデザイン」のルービックキューブ。
 
木村敬一●1990年、滋賀県生まれ。先天性疾患による網膜剥離で、2歳のときに全盲になり、10歳から水泳を始める。東京2020パラリンピック 競泳100mバタフライS11で、自身初となる金メダルを、さらに100m平泳ぎSB11では銀メダルを獲得。自身の半生を描いた自伝書籍『闇を泳ぐ』(ミライカナイ)が発売中。


KEIICHI NITTA(ota office)=写真 荒木大輔=スタイリスト 中山八恵=ヘアメイク オオサワ系=文

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