日常と密に繋がっていく、宇宙産業の未来について
金子 革新的衛星技術実証プログラムは、産業を後押しして日本としての競争力を高めることも目的の一つなんです。その結果、経済に貢献し、社会全体が恩恵を受けることになると考えています。
為末 30年前くらいからIT企業という言葉が使われるようになりましたが、当時はIT企業とそうではない企業とがあったからだと思うんです。でも今ではITを使っていない企業なんてないですよね。
宇宙に関しても同じことが言えて、将来的には宇宙と繋がっていない企業はなくなるかもしれませんね。人工衛星で地球を客観的に観測することによって、さまざまな分野において飛躍的な成長がありそう。
僕らの世界でもビデオが出てきて、身体的動作のデータが取れるようになって、競技力が飛躍的に上がったんです。今では映像を使っていない競技はないくらい。
金子 おっしゃる通りだと思いますね。カーナビやスマートフォンの位置情報で使われているGPSを考えたらわかりやすいですが、元々はアメリカの衛星技術が一般化されて、かなり身近になっています。今後も宇宙と地上はどんどん融合していくと思います。
最近では、米SpaceX社が、数万機の小さな衛星を打ち上げて、地域や時間で切れ間のない通信リンクを作ろうとしています。そういった活動の恩恵を地球上の人間が受けるようになるでしょうね。
為末 今のお話を伺うと、とても壮大な分野になりますよね。とすると、国が主導して行うべき活動のようにも思えます。
金子 GPSでいえば、日本でも独自の測位衛星を打ち上げていて、例えばビルの谷間など通常では測れない部分に関しても、精度よく測れるようになっています。おっしゃる通り、まだまだ国が、JAXAが主導していかなければいけない部分も多いと思っています。
為末 我々の世界で皮肉だなと思うのは、選手が夢中で競技に打ち込んで行ったら、結果的に社会の役に立っていたというところです。
社会の役に立とうと思ってスポーツを始める選手はそんなにいなくて、最初はヒーローになりたいとかもっと上手くなりたいという、個人的な夢や好奇心から出発する。そうしてある段階から社会を意識して貢献しようとするのですがそのタイミングで同時に義務感も覚えるようになるんですね、選手はある程度無邪気な方がいいのですが、義務感というのは無邪気と相性が悪くてその狭間で選手は思い悩みます。
世の中なんか見ないで自分の好奇心に従いたいけど、一方で目標である最も大きな世界大会は世の中に見せる為に存在している。そんな矛盾の中で選手は少しずつ目的を見つけていきます。
社会への還元は、スポーツが社会から必要とされ続けるためにはとても大事な側面で、今夏は特にアスリートたちもすごく実感したと思いますね。
金子 好奇心と社会性のバランスは、宇宙開発においてもとても重要ですね。
為末 スポーツのもっとも本質的な価値は、おそらく「坑道のカナリア」的なもの。生身の体で、「ここまでやるとどんなことになるか」をアスリートが確認する。それを社会に還元して、結果として社会がよりよくなっていくという循環ですね。
それから、スポーツはとてもプリミティブなものなので、感情を揺さぶるパワーが強いんです。かつてヒトラーはそのパワーをプロパガンダに利用しましたから、スポーツそのものに善悪があるわけではない。
ただし、良い方向に使えば、世界平和や外交上の何か、あるいは教育の役に立ったりもする。その点に選手が自覚的になれるかどうかが、とても大事だと思っています。
金子 宇宙開発の源には知的好奇心はもちろんありますが、JAXAの使命は、あくまで社会に、国民に貢献すること。革新的衛星技術実証プログラムによって、どれだけ社会に貢献できるのかを伝えるのが、私の仕事でもあるんです。
成果が社会に還元され、国民に伝えられる。そうやって認知が広まることによってまた新たなプレイヤーが参加する、という仕組みになっていると思います。
為末 正の循環が回っていく感じ。
金子 そうですね。ただし、チャレンジングな技術は入れていきたいですね。
為末 面白いものを混ぜてみると。
金子 まさしく。今後の発展性を考えていますね。
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