アスリートとともにカルチャーを深掘り
自他ともに認めるマスターピース「ERA」は創業から10年後の1976年に誕生した。「オーセンティック」をたたき台に伝説のプロスケーター、トニー・アルバやステイシー・ベラルタの意見を採り入れた。
彼らがリクエストしたのは、足首を守るクッションの充填だった。
生ける伝説といわれるスケーター、スティーブ・キャバレロ。1978当時のもの。
ヴァンズ初のシグネチャーモデル 「キャバレロ」のデビュー当時の広告。ワッフルソールで機動力を高めたところへもってきて、履き口のクッションパッドでさらなる履き心地を手に入れた「ERA」は、ヴァンズの地位を決定づけた。
ヴァンズは創業からぶれることなくライダーとともにあったといっていい。そうして彼らの期待を裏切らないものづくりを続けてきた。ヴァンズのキャッチコピーになった“Off The Wall”はそんな蜜月の関係を示すものだ。
“Off The Wall”は“普通じゃない、変なやつ”の意となるスラングで、もともとはトニー・アルバがそう呼ばれていた。
’70年代後半の広告。それは経営破綻してから借金を完済するまでの数年間も変わらなかった。
ヴァンズは旺盛なマーケットに応えようと拡大路線をとったことが仇となり、1984年に破綻した。裁判所はポールが社長に戻ることを条件に民事再生法を適用した(一定の成功を収めたポールはすでに一線を退いていた)。再び指揮を執ることになったポールは次のようにいってスタッフを鼓舞した。
「向こう3年は昇給はないかも知れないが、必ず復活させる。そのためにはこれまでのクオリティを守らなければならない」。
これを有言実行してみせたポールは返す刀でワールド・ツアーの買収、トリプルクラウン・スケートボーディングのスポンサード、そしてオレンジカウンティへのスケートパークのオープンといったカルチャー方面の深堀に精を出し、磐石の体制を築いた。
そのものづくりはスノーボード業界でも花開く。
’93年秋、’94年冬のスノーシーズンに「VANS Snowboard Boot」を発表すると、1998年の長野オリンピックではダニエル・フランクが、2002年のソルトレイクシティオリンピックではダニー・キャス、ドリアン・ビダルがヴァンズのスノーボードブーツを履いてメダルを獲得した。
MTEは、雪山というふたつめの舞台にあがったヴァンズにとって、生まれるべくして生まれたコレクションだった。
Vans Warped Tourの模様。ポールは2021年春、90歳で生涯を閉じた。天国に雪山があるなら、きっとこのMTEを履いているに違いない。
竹川 圭=取材・文