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2021.08.13

ライフ

「事例の有無」で提案の良し悪しを判断する上司は、20代から嫌われる


「20代から好かれる上司・嫌われる上司」とは……

研究では「事例がない」ことをチェックする

科学研究をする際には、必ず事例(先行研究)をすべて洗います。なぜならば、研究は必ず最先端でなければ意味がなく、その研究者がやろうとしている研究が「世の中で初めて」のものなのかを確認する必要があるからです。
もちろん、中には「追試」(他の研究者が発見したことが事実であるかをチェックすること)というものもありますが、それを除けば、これまで人類が発見してきたことに、いかに「真新しい」ものを付け加えるかに意味があるのです。
このように研究においては、「新しいかどうか」「同じ研究が無いか」をチェックするために事例をみるわけです。
 

多くの上司は「事例がある」ことをチェックする

ところが、職場で上司が部下の提案に対して事例を求めるとき、多くの場合そうではありません。
科学研究とは逆に、「このようなアイデアがどこかで実際に試された『成功事例』があるかどうか」を上司は知りたがるものです。
その心は、どこかで成功した事例があれば、自分たちがチャレンジしても、成功する可能性が高くなると考えているのではないでしょうか。
そして、似たような事例があれば「やろう」とGOサインを出し、似たような事例がなければ「もうちょっと考えよう」とストップをかけるわけです。
つまり、この場合は、「同じ事例があるかどうか」をチェックするために事例をみるわけです。
 

しかし、ビジネスでも「初めて」は大事

確かに、ビジネスにおいても、成功事例があれば、同じことをやったら、似たような結果が起こることも多いかもしれません。
ただ、研究よりは厳しくありませんが、ビジネスにおいても「二番煎じ」はあまり良い策ではありません。先にやっている会社のほうが「先行者利益」をもたらすことが多いからです。
「二番煎じ」では成功確率は高まるかもしれませんが、成功した際にもたらされる利益の絶対額が少なくなり、結局、ビジネスとしてのうまみは失ってしまう可能性もあります。
特にGAFAなどが典型例ですが、ITの世界などでは”Winner takes all”(勝者総取り)となることも多く、「二番ではダメ」なのです。
 

「やってみなはれ」を言えるかどうか

サントリー創業者鳥井信治郎氏の有名な口癖で「やってみなはれ」という言葉があります。
「結果を怖れてやらないこと」を悪とし「なさざること」を罪と問い、上司は部下の責任感を信じて新しいことへの挑戦を促すべしということです。
事例がなくても、いや無いからこそ新しいチャレンジなのですから、この「やってみなはれ」を部下に言えるかどうかが、上司としての試金石です。
最終的には上司が責任を取るわけですから、部下に任せることに不安がつきまとうのは当然です。しかし、この壁を越えなければ、「あの人は確実にできるという証拠があるものしかOKしない」という評価になるでしょう。
 

「事例があるかどうか」を求めること自体は悪ではない

もちろん、事例があるかどうか、それを調べてみたのかどうかを、部下に問いただすこと自体は問題ありません。むしろ、どれくらい真剣にその提案について考え抜いたのかを確認する意味では重要な質問でしょう。
「いやあ、事例はあるかどうかわかりません」という調べてもいない状況であれば、そんな提案は突き返してもよいかもしれません。
ただ、「いろいろ調べたのですがありませんでした」という返事があったときに、事例がなかったこと自体をプラスに評価するかどうかが重要なのです。
昔、アサヒビールをスーパードライで再建した樋口廣太郎氏は「前例がない。だからこそやる!」と言いました。この気概です。
 

提案の評価は、「ファクト」「ロジック」で

そのうえで、事例のあるなしとは別に(あるなしだけではなく)、「ファクト」「ロジック」の観点で最終的に評価してはどうでしょうか。
その提案がきちんとしたファクトに基づいており(事例という意味ではなく、提案を考えるうえで必要な基礎的なデータや数字が確認されているかということ)、そこから正確なロジック(論理)で議論が展開されて最終的な結論に到達しているのかをみるということです。
極端に言えば、確実なファクトから確実なロジックで生み出されたものは基本的には正しいからです。事例がないことではなく、ファクトやロジックがおかしい提案を突き返すのは当たり前のことです。
 

ファクトの不足を埋めるものは「責任感」

ただ、事例のないことでは、データが不足していることもあります。そこで最後に「責任感」を評価する必要性が出てくるわけです。
提案してきた部下がその提案内容にどれだけ考え抜いた自信があるのか、そして実行の際には成功するまでやりきろうとしているのかという「責任感」です。
これが極めて高いのであれば、事例がなくとも、データが不足していようとも、「やってみなはれ」とGOサインを出してあげることで、今までに世の中になかった新しいことが生まれるかもしれないのです。
つまり上司たちのこのような判断ひとつが、社会にまたひとつの成功事例を生むきっかけとなるのです。
連載「20代から好かれる上司・嫌われる上司」一覧へ
「20代から好かれる上司・嫌われる上司」とは……
組織と人事の専門家である曽和利光さんが、アラフォー世代の仕事の悩みについて、同世代だからこその“寄り添った指南”をしていく連載シリーズ。好評だった「職場の20代がわからない」の続編となる今回は、20代の等身大の意識を重視しつつ、職場で求められる成果を出させるために何が大切か、「好かれる上司=成果がでる上司」のマネジメントの極意をお伝えいたします。
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組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス
『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)
曽和利光=文
株式会社 人材研究所(Talented People Laboratory Inc.)代表取締役社長
1995年 京都大学教育学部心理学科卒業後、株式会社リクルートに入社し人事部に配属。以後人事コンサルタント、人事部採用グループゼネラルマネジャーなどを経験。その後ライフネット生命保険株式会社、株式会社オープンハウスの人事部門責任者を経て、2011年に同社を設立。組織人事コンサルティング、採用アウトソーシング、人材紹介・ヘッドハンティング、組織開発など、採用を中核に企業全体の組織運営におけるコンサルティング業務を行っている。
 
石井あかね=イラスト


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