重厚な木の扉を開く。店内から「コロカラ」「ハンコロ」と呪文めいた声が聞こえる。
表参道から一本入った路地裏のカレーショップ「オンデン」。調理カウンターの奥から、オーナーの中村和美さんが出迎えてくれた。
中村 いらっしゃい。
渡辺 こんにちは。19歳から通っているけど、いつ来ても変わりませんね。お母さんもお元気そうで。
中村 ありがとう。うれしいわ。
渡辺 スタイリストの熊谷くん(熊谷隆志)に連れてきてもらったのがきっかけでした。「まずコロッケカレーを食べてみろ。マジでおふくろの味だから」って言われたのを覚えています。
中村 あら。まだそんなに有名じゃない頃の熊谷くんね(笑)。忙しくなった今も、律儀に来てくれるわよ。
渡辺 粘度の高いルーには辛さと塩気がしっかりあって、本当に美味しい。
中村 ルーもトッピングも、愛情を込めて全部手作りしているの。
渡辺 コロッケ、から揚げ、ハンバーグを追加できるのも最高だし、メニューのネーミングもいいですね。
中村 コロカラ(=コロッケ&から揚げ)、ハンコロ(=ハンバーグ&コロッケ)とかのほうが、覚えやすいでしょ。
渡辺 店は今年で何年目でしたっけ?
中村 ちょうど25年。今はお休み中だけど、夜は妹がパブスナックをやっていて。そっちはもう少し長いわね。
渡辺 ここ、ご実家ですよね。
中村 よく知ってるわね〜。
渡辺 前に来たとき、聞きました(笑)。
中村 今は引っ越しちゃったけど、生まれも育ちもここ。でも私が20代の頃なんて、本当に寂しい街だったんだから。夜は怖いくらいに静かだったし。
渡辺 その当時を知っている人、なかなか原宿にいないですよ。今は活気がある街で気が張るというか。でも、ここではカッコつけずに自然体でいられる。お母さんの前だとみんなひとりの息子、娘になっちゃう。
中村 私がおばさんだから、喋りやすいのかも。悩み事も聞いたりするわよ。
渡辺 特に上京してきたばかりの若者は心安らぐ場所が少ないと思うから、優しさや愛情に触れる機会って貴重。ここは第2の実家のような存在です。
中村 私も、若い子と喋っていると楽しいのよ。店をやってきて気付いたのは、とにかく人を見た目で判断しちゃダメってことね。場所柄、個性的な格好の子たちが多いけど、みんな本当にいい子たちよ。礼儀正しいし。
渡辺 本当にそうですよね。お身体に気をつけて長く続けてくださいね。
——カレーの味に、店の雰囲気に、温かい愛情が滲む。「オンデン」の懐の深さは、東京の財産に違いない。 若木信吾=写真 増山直樹=文