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H3ロケットは、人の心の器となりえる高いシンボル性がある

岡田 田川さんにひとつお聞きしたいことがあります。ロケットにおけるデザインの可能性についてはどう思われますか? ロケットは宇宙へ物を運ぶという輸送サービスに用いる製品ですが、ロケットには極限的な性能が求められるため、物理的な制約が多すぎて外形も必然的に決まってしまいます。
そうした現実があるなかで、一般の製品と同様にデザインを追求することは意味があるのか?ないのか?あるとしたらそれは何のためか? その点について、時々考えることがあります。
田川 それはデザインの領域というべきかどうか迷うところですが、ひとつの視点としては、ロケットを眺める人たちがそのロケットに何を感じるのか。というところにフォーカスを当てると可能性が広がりそうです。
言い換えるとそれはシンボル性の話につながると思うんです。ロケットは個数がかなり限られていますし、誰もが「あっ!」と目を惹く圧倒的な存在なので、強烈なシンボル性がありますよね。
種子島宇宙センターにて、極低温点検(F-0)を終えた H3ロケット試験機1号機。
岡田 確かにそうですね。
田川 シンボルとは象徴、表象、記号を指しますが、例えば日の丸は国のシンボルです。その日の丸に、人はそれぞれそのときどきに希望や期待、祈りといった様々なエピソードを投影するもの。シンボルを、人の気持ちの器と形容する人もいます。
そしてできるだけ蓄えの大きい器のことを“よいシンボル”であると僕らは呼ぶ。
おそらくロケットという存在は、人間が作る人工物のなかでも最もシンボル性の高い、ポテンシャルがあるものではないでしょうか。僕はそう思ったんですが、H3ロケットの外形を拝見するときれいですし、可能性はすでに十分あるように思いました。
岡田 制約があるなかでもできるだけのことを考えました。例えば海外へのサービス展開を意識して、国名表記を現在の主力ロケットH-IIAロケットで用いている「NIPPON」から「JAPAN」に変更して、先端のフェアリングと呼ばれる衛星搭載部には、宇宙に向かうイメージの黒い矢印を描いたり。
H3ロケットのCG画像。フェアリングに黒い矢印が描かれている。黒は、フェアリングの素材の色。
田川 すごくスマートな外形ですよね。
岡田 システムはどこまでもシンプルに研ぎ澄ましてゆき、デザインもまたそのイメージとしました。「JAPAN」のタイポグラフィについてはもう、様々なフォントを並べて検証して、みんなに相当あきれられるほどに悩みました(笑)。そこは決して手を抜くところではないと。
田川 そうやってグラフィック面についても突き詰めていらっしゃるところが素晴らしいです。
岡田 グラフィックに対するこだわりは、私が特に強いかもしれません(笑)。かつ、様々な意見を聞いてそれらにすべて応えようとすると、千差万別でまとまらないので、意見は聞きつつも、最終的にはこれでいく、と。自分の感覚でまとめてひとつの提案にするしかないんです。
田川 まさにその点は、民主的には成り立たないですね。デザインとはハイレベルになってくると、コンテクストが重要になってきます。
つまりデザインだけの世界観ではなくて、例えばこのロケットがどういうかたちで使われて欲しいとか、使うことのメリット、デメリットは何なのかとか、すごく複雑な世界観の一部としてデザインも機能してくるので、その高度なコンテクストを一番理解している岡田さんが判断するというのは、正しいことだと思います。
岡田 エンジニアリングの領域とはまた別のプレッシャーがかかりました。それでもまあ、楽しいプレッシャーなんですけど(笑)。
田川 たとえエンジニアリングの制約が強くても、こだわれる範囲でデザインの力を通じて全体をチューニングしていく姿勢は、本当に価値があると思います。
岡田 ただ、ここで難しいのはデザインをいくら探求しても、ビジネス的にはリターンがすぐにあるわけではないところですね。
なぜならロケットを見て共感してくださった方々にロケットを販売するわけではなく、先ほどのお話の通り、ロケットとはあくまで輸送サービスであり、そのサービスを担うのは、三菱重工さんです。三菱重工さんにH3ロケットの運用をお任せする以上、三菱重工さんが使いやすいロケットに仕上げることが最も重要ですから。

田川 おっしゃること、本当によくわかります。そのバランスは非常に難しいですけど、例えば江戸時代から続いてる老舗のお菓子屋さんに行くと、品が良くて少し、背筋が伸びるような豊かな時間を過ごせたりしますよね。つまりお菓子が美味しいから、価格がお手頃だからということだけで、人は案外、そこのお菓子を買い求めているわけではないような気がしています。
そんな風にしてやっぱり世の中に長い間定着しているものというのは、短期的なビジネスリターンとしては望めないであろう部分に対しても、しっかりと設計しているように思うんです。その姿勢が「お菓子屋さんがなくなっては困る」という、情緒的価値に繋がっていくのではないでしょうか。
岡田 人間の感情に対しても気を配ることで、多くの人の心を引き込んでいるということですね。その感情に対しても、デザインとは有効な手立てだと。
田川 ですからJAXAの視点に立ったときに、H3ロケットは日本のシンボルであると見立てながら、グラフィックデザインについても磨きをかけてゆき、子どもたちが見たときに、「かっこいい!!」と憧れるような存在にしていくと。
並行してH3ロケットで培われた技術開発なりを大学の教育に活かしていくなどしていけたら、輸送サービスという領域を超えたすごく有機的な価値に繋がっていくように思います。


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