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地域の暮らしに寄り添う日本ならではの国立公園

環境省 尾﨑絵美さん●富山県出身。2008年環境省入省。自然環境局 国立公園課国立公園利用推進室 室長補佐。小学校4年生のとき、宮崎県の「綾の照葉樹林」の写真を見て“自然”に目覚め環境の仕事を志す。入省して以降、時間ができれば山登りに。日本アルプスをはじめ多くの山に登ってきた。
狭い国土に1億人超の人が住む日本にある国立公園には、1872年に世界初となるイエローストーン国立公園を生み出した、広大な国土を持つアメリカとは異なる特徴があると尾﨑さんは言う。
「アメリカでは国有地に上から網をかけて国立公園にしています。土地は公園専用地ですから厳正な自然保護も可能になるのです。
一方、日本では私有地を多く含み、公園内には住居があれば産業もあるという状況です。つまり土地の所有者が誰かは問わず、公園管理者が区域を定めて指定し国立公園は生まれます」。
地域社会と寄り添うのが日本の形。だから日本の国立公園は人に近いのだと尾﨑さんは付け加えた。“手付かずの自然”が大きな魅力だと言われると、少し違和感を覚えるともいう。
自然と地域に暮らす人たちの生活は密接な関係にあるためで、日々の暮らしのなかで継承されてきた文化や伝統も、日本の国立公園ならではの魅力として捉えている。
「たとえば三重県の伊勢志摩国立公園は9割が私有地。自然豊かな森林環境や、リアス海岸に代表される海沿いの美しい景観に加え、海女さんや漁師といった地域に暮らす人たちの生活、歴史、文化、風習などに深く触れられるところが特徴的な公園になっているのです」。
なるほど、地域社会に寄り添うために人との距離は近い。では、等しく心理的な距離も近いのだろうか?
その疑問はつまり、地域の住人ではなく、大の自然好きではない人も魅了する何かを日本の国立公園は備ているのか、という問いとなる。
アメリカの国立公園には、人の暮らしはなく、大自然だけがある特性からテーマパークに似た印象を受ける。行くことに浮き立つ気分を覚える夢の国ディズニーランドのように、あの雄大なグランドキャニオンで地球の雄大さを感じたいと思い、デスバレーで地の果て感を抱きたいと夢想する。
さらにヨセミテはロッククライマーの聖地であり、北米最高峰のデナリは冒険家や登山家が目指してきた。カルチャーとしての“物語”も付随しているのだ。
“物語”に魅せられると、その地には憧れが生まれる。「いつかは行くぜ」と決意させる衝動を身体の内に生じさせる。そこで思う。日本もまた、同様の状況にあるのだろうかと。
「団塊の世代は尾瀬などに対して高い認知度が見られますが、若い世代にはとても低い認知度です。国立公園で何ができるのかを知らないし、何かができるとも思っていない。また残念ながら、実際に訪れているのに、そこが国立公園だと知らなかったという人も多いのです」。
どうやら今のところ日本の国立公園に“物語”は見いだしにくいようである。そして日光東照宮や富士山が多くの人に知られているほど、それらが国立公園内にあることを知る人がいるとは思えない。
こうした認知度の低さは、きっと発信方法だけが理由ではないのだろう。「国立公園とは何か? どのようなところか?」といった根源的な問いに対する明瞭な答えが広く共有できていないことにもよる。そのように尾﨑さんは推測している。


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