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誰もが通ってきた道をスルーしてしまう懸念

子供のスポーツ
ジュニア期の段階から、こういった精神面の成長が見られることは非常に喜ばしことです。しかし、実は問題点も挙げることができます。
精神的な成熟度が高いジュニアアスリートというのは、心理学的に見るとキャリア形成の観点から「挫折」を経験せずに成長してしまう可能性が否定できません。「失敗」や「やり直し」を経験することも、れっきとした“キャリア”であり、ひとりの人間として“通るべき道”なのです。
将来、不都合な場面に遭遇した際に感情をコントロールできなかったり、敗者の感情を想像したり理解することができず、他者への思いやりに欠ける人間になってしまうことも考えられるでしょう。
また、個性が失われてしまうことも懸念されます。例えば、憧れの選手を模倣しすぎてしまう。そればかりか、憧れが強すぎるあまりに非現実的な目標を設定しまい、現時点での必要な練習に身が入らない。あるいは、目の前の勝敗に固執することなく、はるか先の目標へと目移りしてしまう。そんな子が実際にいるのです。こういったことは、特にチームスポーツにおいて、マイナスに作用してしまうことが懸念されています。
日本のスポーツ界は、ここ十数年でスポーツ科学・心理学等を急速に取り入れてきました。そのため、かつては“長所”と言われた「根性」や「武士道精神」などの考え方が失われてしまった時期がありました。
その一方で、「武士道精神」や「武道の心得」などから興味・ヒントを得た諸外国が、「飄々とクールにやっているだけでは、強いパフォーマンスを引き出せない」というマインドを取り入れ、実力を向上させている現状があります。ヨーロッパ諸国の柔道やオランダのスピードスケートなどがその例です。最近は日本でも、そういった要素の必要性が改めて見直されてきています。
これからの日本のアスリートはスポーツ科学と日本特有のマインドの両輪を高めていくことで、独自のスポーツ文化を育んでいくべき、と私は考えます。
確かに今は、大人の想像をはるかに超える才能を持った、若いアスリートがたくさんいます。しかし、それは時代の流れとともに変化した環境も大きく影響していますから、ごく自然なことでもあるのです。ですから「自分のアドバイスなんて今の子には響かないだろう」と臆する必要はありません。我々が子供の頃に培ってきた「根性」や「思いやりの精神」だって、捨てたものではないのです。スポーツ選手である前に、ひとりの人間としてどうあるべきか。それを子供に見せようとする大人の姿勢こそが、より成熟したジュニアアスリートの育成につながるということを、忘れてはいけないと思います。
「子供のスポーツ新常識」
子供の体力低下が嘆かれる一方で、若き天才アスリートも多く誕生している昨今。子供とスポーツの関係性は気になるトピックだ。そこで、ジュニア世代の指導者を育成する活動を行っている、桐蔭横浜大学教授の桜井智野風先生に、子供の才能や夢を賢くサポートしていくための “新常識”を紹介してもらう。上に戻る
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桜井智野風=文
桐蔭横浜大学 教授。同大大学院スポーツ科学研究科長。運動生理学 博士。骨格筋をターゲットとしたスポーツ科学・生理学的な研究を専門とする。公益財団法人 日本陸上競技連盟 指導者育成委員会コミッティーディレクター。スポーツの強化策としては、「ジュニア世代と接する理解ある指導者や親を育てることが一番重要である」という考えのもと、ジュニア対象の指導者育成のために全国を飛び回っている。


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