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身体的要素より心理的要素の差が男女差に影響する

もう一点、スポーツにおける男女差を考えるうえで知っておきたいことがあります。それは、筋力発揮やトレーニングを継続する能力において、一般的に女子より男子のほうが「限界に近くまで追い込める」と言われていることです。
これにもホルモンのバランスが影響しています。男子は男性ホルモンである「テストステロン」の影響で「競争心」が向上します。それに対し、女子は女性ホルモンである「エストロゲン」の影響で、「体や心の安定」を求めます。
つまり、男子には勝ち負けが明らかな競争的要素をたくさん入れたトレーニングをさせると、熱中して成果が上がると考えられます。一方、女子には体調の劇的な変化を伴わなくても十分に目標達成が可能なメニューを組み込むと良いかもしれません。
このように考えると、スポーツに臨む心理的な限界は女子のほうが低く、男子のほうが高く設定しやすい“傾向にある”と言えます。身体的な限界は同等でも、気持ちの面で求める方向が異っていくことが、結果として“差”になっていることがあるのです。
子供のスポーツ
ここで、大人が注意すべきことが発生します。例えば、男子がトレーニング強度を上げて無理に反復回数を増やしてしまうと、当然ケガのリスクが高まりますから、回数を控えめにするように気を配ってあげてください。逆に女子は、反復回数が少なすぎて目標に対する必要量を獲得できていないのなら、少し反復回数を増やすなど、適切なボリュームを促してあげることもときには必要かもしれません。
このように、トレーニングすることに慣れ親しみ、スポーツの面白さも理解できるようになってきたジュニア期後期には、男子なら「トレーニングは少ない回数で全力を出し切ること」を目標とさせる、女子なら「適切なトレーニング量を提示し、最後までしっかりやりきること」を目標にさせると良いでしょう。
ただし、早熟な女子の場合、月経の影響も大きくなることが考えられます。月経のリズムによって体内の血液量の増減も起こりますから、その点は考慮すべきです。
男子と女子のトレーニング内容は、女の子の月経開始を境に、対応を変化させることへの配慮が必要でしょう。ただし、ホルモン分泌の変化によって訪れる体の変化を、「不利」とは考えないでください。最近では、月経との付き合い方を医師と相談しながらトレーニングを進めていくことなんて、決して珍しいことではありません。むしろ「運動習慣によって無月経になることは不健康な状態」と捉えても過言ではないのです。
一部には「生理があるうちはまだ甘い」とか「月経が止まるまで練習しなくてはダメ」という意見も残っているようですが、これはまったくの間違い。子供の頃から自分の意思をしっかり持ち、まわりが適切にサポートしてあげることで、正常な月経周期を維持しながらも、高いパフォーマンスを発揮し、結果を残している女性アスリートの例も多くあります。ですから、ジュニア期のうちから競技終了後の人生(結婚・妊娠・出産など)をと見据えて体調を管理していく。これがスタンダードです。男女ともにそれぞれの特性を知り、それを活かすようにトレーニングを提案することで、可能性は広がります。
男女かまわず同じトレーニングを行っていたせいで、十分に才能を発揮できないままスポーツから離脱(バーンアウト)してしまうようなことがあれば、これは非常に残念なことです。
本来なら、個々の能力・体力に合わせた、言わばオーダーメイドの運動をさせるべきで、子供の成長に合わせて対応するノウハウもだいぶ解明・開発されてきています。日本スポーツ協会をはじめ、日本サッカー協会や日本陸上競技連盟等でも、子供たちの指導者に対して、男女の発育・発達に沿ったトレーニングについての情報提供を行っています。暦のうえでの年齢別ではなく、身長・体重を含む各種体力に基づいた段階別の目標に向けたトレーニングを処方することもその一例です。
大人はこのことをよく理解し、子供たちにとってそれぞれ最適な練習方法やスポーツ種目へと導いてあげることが、より大切になっていくでしょう。
「子供のスポーツ新常識」
子供の体力低下が嘆かれる一方で、若き天才アスリートも多く誕生している昨今。子供とスポーツの関係性は気になるトピックだ。そこで、ジュニア世代の指導者を育成する活動を行っている、桐蔭横浜大学教授の桜井智野風先生に、子供の才能や夢を賢くサポートしていくための “新常識”を紹介してもらう。上に戻る
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桜井智野風=文
桐蔭横浜大学 教授。同大大学院スポーツ科学研究科長。運動生理学 博士。骨格筋をターゲットとしたスポーツ科学・生理学的な研究を専門とする。公益財団法人 日本陸上競技連盟 指導者育成委員会コミッティーディレクター。スポーツの強化策としては、「ジュニア世代と接する理解ある指導者や親を育てることが一番重要である」という考えのもと、ジュニア対象の指導者育成のために全国を飛び回っている。


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