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ピンチの最中にいる若者に通じるか

私のようなおじさんには、これらの言説は「確かに」と思えます。実際に、過去を振り返れば、あのときにピンチだと思っていたことがきっかけとなって、今のこの状態があるという「ピンチはチャンス」であったことはいくつも思い浮かびます。
しかし、それを若者にそのまま言ってしまうことには、重大な問題があるのです。
それは、最終的にそう思えるようになる前に、深い絶望に陥り苦しんだという経験を「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で失念してしまっているということです。先にどん底から登りきって、上から涼しい顔で「上がってくればいいこともあるさ」と、底にいる人に言っても、腹が立つだけでしょう。

ポジティブになるのは簡単ではない

受け入れがたい出来事(死、失恋、不合格、失敗等)に遭遇したとき、まさにピンチのときに、人がその状態から抜け出すプロセスをエリザベス・キューブラー=ロスは「悲しみの5段階」と呼びました。
まずは「①否認」、その状態を認めず、嘘と信じる段階です。その後、本当とわかると「②怒り」、なぜ自分がそんな目に遭うのかと激昂します。そのうち「③取引」、なんとかできないかとジタバタし、どうしようもないことがわかると「④絶望」、何もできない抑うつ状態になります。ここまで来てようやく「⑤受容」、状況を受け入れて「もう前を向いて歩いていくしかない」とポジティブになることができるのです。

まずは、しっかりと「絶望」に寄り添う

このプロセスの興味深いところは、最終的にピンチをチャンスに思えるようなポジティブな状態になる前に、一度徹底的に絶望を味わわなくてはいけないということではないかと思います。大切な人を亡くした際にも「喪に服す」わけですが、似たようなことではないでしょうか。
ピンチに陥った人とは、希望を失った人です。それを認めて前に進むためには、先に述べたような感情の段階を一歩一歩進んでいかなくてはなりません。つまり、上司はピンチの状態の部下にしてあげられるのは、その「絶望」の状態に寄り添って、共感や理解を示してあげることではないでしょうか。

激励するのでなく一緒に悲しめば、人は自然に歩き出す

「ピンチはチャンスだ」とか「緊急事態だからこそ、できることがある!」とか鼓舞する前に(それがダメというわけではありません。タイミングの問題です)、こんな状況に陥ってしまったことに対して、部下と一緒に悲しみにくれてみてはどうでしょうか。
「なんでこんなことになったのだろうね」「本当につらいな」と。そうすれば、その後「でも、もうどうしようもないな」「起こったことは仕方ない。前向きにがんばります」となるはずです。
上司になるような人は問題解決志向が強く、先を急ぎたがります。しかし、「急がば廻れ」ということもあることを、こんなときこそ再認識してみてもよいかもしれません。
 
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「20代から好かれる上司・嫌われる上司」
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組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス
『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)
曽和利光=文
株式会社 人材研究所(Talented People Laboratory Inc.)代表取締役社長
1995年 京都大学教育学部心理学科卒業後、株式会社リクルートに入社し人事部に配属。以後人事コンサルタント、人事部採用グループゼネラルマネジャーなどを経験。その後ライフネット生命保険株式会社、株式会社オープンハウスの人事部門責任者を経て、2011年に同社を設立。組織人事コンサルティング、採用アウトソーシング、人材紹介・ヘッドハンティング、組織開発など、採用を中核に企業全体の組織運営におけるコンサルティング業務を行っている。
石井あかね=イラスト  


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