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「音楽いつまで続けるの?」彼女に言われた重たいひと言

SHOCK EYE
ターンテーブルを手にした10代から、グループとしてイベントやクラブに顔を出すなど地道に活動ができるようになった20代前半。しかしSHOCK EYEさんのなかには焦りも生まれ始めていた。
「ライバルがどんどん大きなイベントに呼ばれて、メンバーも僕より本気で音楽をやっていた。でも僕はほかの仕事を辞めて音楽活動に専念する自信がなかったんです」。
自分には音楽しかない、そう感じていた気持ちに嘘はないが、音楽一本で挑戦することは怖かった。徐々に仲間とも温度差が生まれ始め、そんな自分が嫌で無為に時間を過ごすことも増えたという。どこかで仕事を言い訳にして、音楽に本気で向き合うことを躊躇っていた。
「仕事があるから、ってイベントの誘いを断ったりしていた。でもそうしてる間も置いていかれるような気がして悔しいんですよ、本当は。当時、職場の僕のあだ名が『レゲエ』で、すごい嫌だったけど、本気で音楽やってると胸を張って言えなくて、いつもヘラヘラしてた。自分を信じきれていなかったんです」。
仕事も音楽も中途半端なまま、仲間との差は開いていく。そこで流れを変えたのは、現在の妻である彼女の言葉だった。
「僕が24歳のときに出会って、四畳半で一緒に暮らしていました。あるとき彼女が『音楽はいつまで続けるの?』と聞いてきたんです。お金もなかったし、僕は中途半端な生活を続けていて喧嘩がすごく増えていた時期でした。それで『26歳までにデビューできなかったらやめる』と約束したんです」。
そう決意できたのは、彼女の後押しもあったからだった。
「彼女が『もしダメだったらふたりでなんでもやればいいじゃん。一緒に仕事してさ』って言ってくれた。それを聞いて肩の力が抜けたんです。音楽で成功してもしなくても、幸せは自分で作ることができる、と思えたのが大きかった」。
一生懸命やって、もしダメだったらダメで彼女とささやかだけど家庭を持つ。それもそれで幸せな選択なんじゃないか。彼女の言葉によって失敗は怖いものではなくなった。
「結局、ずっと損得勘定で考えていたから僕はダメだったんです。めちゃくちゃ頑張って叶わなかったらどうしよう、何にもならなかったら損するだけだって。でも損得なんて自分の気持ち次第。どう転んでも得だと思える生き方をすればいい」。
26歳まで1年半。SHOCK EYEさんは完全にほかの仕事を辞め、音楽制作に専念することを決めた。バイトを掛け持ちしてまで応援してくれる彼女のためにも結果を残したい。10年間なんとなくやってきた音楽に本気で向き合うと決意した瞬間だった。
「これが自分にとって最後のチャンスだと思いました」。
SHOCK EYEさんの挑戦の行方は後編で。
SHOCK EYE
歩くパワースポットと呼ばれた僕の大切にしている運気アップの習慣』(講談社)
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恋愛、仕事、健康、お金…様々な悩みをもつ老若男女のみなさんに、SHOCK EYEがガチンコで向き合います。
https://shockeye.jp/
藤野ゆり=文 小島マサヒロ=写真


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