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「ぜひ見ていただきたいのが、土にビニールを張った畑です。ビニールをかぶせた畑って、70度くらいまで温度が上がるんですよ。そうすると蒸し風呂みたいになって虫が死ぬし、野菜が病気になるウィルスや細菌もいなくなる。雑草も生えなくなる。薬が使えないぶん、そうやって工夫した健康な土のベッドに野菜を植えているんです」。
これだけ広い畑で作物が害虫や病気の被害に遭ってしまったら、少ない人手だけでは対処しきれない。10ヘクタールの畑で常時作業しているのはクルックの社員3人だけ。繁忙期のみパートで8、9人に手伝ってもらっているのだ。それでこの大規模な農場を効率よく回転させているのは、まさに持続可能な農業のあり方といえるのではないか。
「ビジネスの面でも作業の負担の面でも、アイデアやスキルを駆使しないと利益は出ませんからね。法人で有機農業をやっている会社はどこもめちゃめちゃ苦しいです。でも嘆いてばかりいたら、日本の有機農業はこのまま衰退するかもしれない。そういう過渡期に、僕たちは賭けてるんです」。
あえてリスクの高い世界に飛び込み、前例のない事業に挑む。そんな彼らの決断の決め手になっているのは、経営者である小林さんの存在が大きい。
「食を中心に人間の本質的な喜びを提供することで、サステイナブルな未来のあり方と命の手ざわりを感じてもらう」。そんな小林さんのビジョンに共鳴した若者たちだけが、ここには集まってきている。
「すでに出来上がったものより、新しいことにチャレンジしたい。そして、理想の生き方と働き方を実現したい。それができる仕事にやりがいを感じて、県外から農場の近くに越してきて働いている人も多いです。みんなベンチャー気質があって、話していても面白いですね」。

人の手による生産過程と消費が見える場所で働きたい

伊藤綾花さん(撮影:東洋経済オンライン編集部)
クルックフィールズには、もうひとつ農場がある。多種多品目の野菜やハーブ栽培をし、一般の来場者に身近に感じてもらう体験型の畑「エディブルガーデン」。リーダーを務めるのは、伊藤綾花さん(32歳)だ。
「トマトは5種類ほど、トンネルみたいにして育てているので、子どもたちが来ると中をくぐって楽しみながら収穫しています。有機栽培なので蜘蛛の巣も張っているんですけど、蜘蛛は害虫を食べてくれるので殺さないんですよ」。
自然の循環を学ぶために来る親子や、有機での野菜栽培を学びに来る人。そういった来場者たちに、養鶏場の鶏糞や水牛の牛糞を堆肥として活用していることなど丁寧に説明するのも伊藤さんたちの役目だ。
伊藤さんも紆余曲折あってこの地にたどりついたひとり。海外で4年近く有機農業を学んできたという伊藤さんが、この農場を選んだのは明確な理由がある。
「もともと環境問題に興味があり、大学は農学部に進んだんです。その後、アメリカのシアトルからフェリーで20分ほどのところにあるヴァション・アイランドという島で1年半、オーガニックの苗農家で研修生として働きました。そこは経営的思考が強いところでした。大量の種をどんどん植えて草を取り続けたり、自分が目指しているものとはすこし違うかなと感じました」。
そこで伊藤さんが次に飛び込んだのは、“アメリカ型”とはまったく違う「有機の世界」。
「アメリカの次はフィリピンの農家で、青年海外協力隊のボランティアとして2年働きました。そこでは、農薬も化学肥料も買えない環境でした。でも、自分たちの生活圏内にあるものを活かして有機栽培をしていて、すごく共感できたんです」。
そういった経験を経て、人の手による生産過程と消費が見える場所で働きたいと思った伊藤さんが、最終的にたどりついたのがクルックフィールズだった。


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