次世代に還元するために今、やっていること
そして大迫選手の目は、我が子だけでなく、次の世代を担う子供達へも向けられている。帰国の際には、忙しい時間の合間を縫って、子供や学生に向けたランニングクリニックを自ら企画。今回のMGC後にも小学校低学年と、高校生に向けて2回のクリニックを実施した。
「小学生へのクリニックは、彼らにどうやってスポーツや陸上の楽しさを伝えられるかなと思ったのがきっかけです。うちの子供はもともと体を動かすのが好きですし、ほかの家庭よりもスポーツが身近にあるので、あえて何かを提示しなくても、自分から『楽しそう!』って感じでやりだします。
でも、お子さんによっては興味のない子ももちろんいる。そういう子たちに遊び感覚で、体を動かす喜びを知ってほしいんです。『この選手、テレビで見たな』でもいいですし、それが別に陸上につながらなくてもいいので」。
大迫選手は自身の子育てと同様「選択肢を広げる」ことが、次の世代に大切だと考えている。
例えば、子供時代、特に小学生のうちはひとつの競技に絞らず、いろいろなスポーツを楽しんでほしいとクリニックに参加した親や子供たちにアドバイスをする。
走るだけでなく、ステップのあるサッカーや全身運動であるボルダリングなど、スポーツが変われば違う動きを身につけることができる。個人競技ならではの良さもあるし、団体競技でしか学べないこともある。何が自分に向いているのか、多くの経験をすればするほど、その選択肢は広がっていく。
一方、高校生へのクリニックは、競技者に限定。メンタル的なことからトレーニングへのアドバイス、フォームなどを丁寧にチェック。引退後は指導者への道を考えている大迫選手にとっては、自身の学びの場にもなっている。
「練習方法などは正直、誰でも教えられると思うんです。それよりも、今の日本だと高校、大学、実業団くらいしか選手たちの道はないのだけれど、実はアメリカの大学に通いながら競技を続けることもできるし、大学を卒業してから競技に打ち込む道だってある。
アメリカで競技をしている僕だからこそ、いろいろな選択肢があるということを提示してあげられると思うし、そういう環境を作っていきたいと思っているんです」。
著書には愚直と言えるほどに競技に真剣に取り組む日々で、大迫選手が迷い、悩み、見つけたものが綴られている。そこには父親として、男として、人間として、また仕事や生活への向き合い方など、読者が自身を見つめ直すエッセンスが詰まっている。
ひとつのことを究めたアスリートだからこその思考は、なんとなく過ごしてしまいがちな毎日の良いカンフル剤になることだろう。
マラソンランナー・大迫傑の初の著書。小学校時代から今に至るまで走り続ける彼は、走ることから何を学び、成長してきたのか。これまで多くは語られてこなかった華やかな表舞台の裏側が垣間見られる一冊となっている。ある種、ビジネス書のような気付きに溢れる内容だ。『走って、悩んで、見つけたこと。』1400円/文藝春秋
林田順子=取材・文