OCEANS

SHARE

「五体満足とは何か?」を考える機会に

思わぬ視点でパラリンピックの意義を切り取ってくれた為末さん。では、本丸である競技の方はどうだろう? 観戦する際、私たちはどのような発見と気づきがあるだろうか。
為末大
「『脳の中の幽霊』という名著があります。障がいを持つとはどういうことか、脳の仕組みや働きを解き明かした作品なのですが、読んでいると自分が日々見ているものや聞こえていること、その『当たり前』ってなんなんだろうと疑問を持ち始める。僕はパラリンピックにも似たような側面があると思っています。パラリンピアンを見ていると、そもそも自分が何気なく動かしている肉体や五体満足について考え始めるはずですよ」。
「『当たり前』が覆されている世界を感じてほしい」という為末さんの言うとおり、たしかに、義足のランナーや隻腕のスイマーのプレイを見ると、不思議な感覚に包まれる。
「オーシャンズ読者に最も注目してほしい選手は、やっぱりドイツのマルクス・レームですね。義足のジャンパーで走り幅跳びの選手なんですが、2018年の世界新記録が8m48cm。リオオリンピック金メダリストのジェフ・ヘンダーソンの記録、8m38cmを優に超えているんです。もし彼がこのままパラリンピックで記録を塗り替えれば世界で初めて記録の上で、障がい者が健常者に勝ったことになる。東京五輪を振り返ったときの目玉であることは間違いないはずです」。
 

パラリンピックの現在地と注目競技

ただ、こんな魅力を語る一方で、競技としては「バランスがまだ整っていない部分もある」と本音を覗かせる。競技によるがパラリンピックの参加者はオリンピックの10分の1以下。参加者が少ないうえ、障がいの程度をどこまで考慮するのかという問題もある。パラリンピックにおいて力の均衡を測るのは至難の技なのだ。
為末大
「だからこそ、単純に観戦する面白みがあるのは、やはり競争の激しい競技。車いすバスケットボール、車いすラグビー、100m走に関してはパラリンピック入門としては面白いと思います。また、先日世界チャンピオンにもなった車いすラグビーも、競技自体がハードで白熱します。実は車いすラグビーの選手は四肢(上肢と下肢)に障がいを持っており、車いすバスケットボールに比べて障がいの程度が重い人の競技です。にも関わらず、とにかく激しいぶつかり合いをする。選手も『事故ったときみたいだよ』なんてブラックジョークを言うんです(笑)。それぐらいタフで明るいメンバーが揃っています」。
気になる競技者について尋ねると、「車いすバスケットボール界のマイケル・ジョーダン」こと、パトリック・アンダーソンだという。
「僕もパラリンピックの競技と選手に関してはまだ勉強中ですが、彼の片方の車輪を浮かせることで高さを出すそのショットは見事としか言いようがない。腕も長くてシュートが本当に美しいんですよ」。
さらに名前があがったのは、陸上競技界のエース・佐藤友祈選手。彼は今年1月に開催された国際大会「サマーダウンアンダー2019」で800mと5000mの世界記録を更新したばかりだ。
「彼は400m、1500mでも世界記録保持者となっています。どんどん記録を更新しているし、金メダルも十分期待できる選手だと思います」。
社会的意義、常識からの逸脱、そして純粋な競技としての楽しみ。パラリンピックは、見方を変えれば、考え方を広げられる可能性を存分に秘めている。来年、肌で感じられる東京の大舞台で、私たちはオリンピックと一味違う魅力を目の当たりにすることだろう。
為末大為末大
Deportare Partners代表
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年9月現在)。現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。
小島マサヒロ=写真 藤野ゆり(清談社)=取材・文


SHARE

次の記事を読み込んでいます。