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自衛隊のヘリを使って実現した五輪初のマラソン完全中継

1964年の東京オリンピックでNHKが2年の歳月をかけて研究し、オリンピックで初めて実現したのが、マラソンの完全中継だった。

「片道20キロの映像をどう伝送するかが最大の問題でした。そこで考えたのが『ミニ宇宙中継』です。宇宙中継は衛星を使いますが、マラソンではそれをヘリコプターがやりました」。
しかし2時間余りを飛び続けるヘリコプターなど、通常はなかった。そこで自衛隊の力を借りてヘリコプターを飛ばした。
当時中継車両として認められたのは、テレビ、ラジオ、記録映画各1台の3台のみ。まだ若手だった杉山さんは「1台ではつまらない。ラジオを潰してテレビを2台にしたらどうでしょう」と提案したが、先輩からは「余計なことを言うな」と相手にされなかったという。当時はまだテレビは新興メディアであり、「ラジオが圧倒的に強かったですよ」と振り返る。その結果、独走したエチオピアのアベベだけを映すことになった。
マラソン中継のためにNHKは技術98人、ディレクター23人、アナウンサーが9人を動員。沿道には21台のカメラを設置し、アナウンサーのリポートが入った。
1964年の東京オリンピックではホッケー担当であった杉山さんも動員され、折り返し点を担当。日本選手が先頭から何分差で何位かなどをチェックしていた。
 

2020年、開会式の映像はイギリスが担当

1964年の東京オリンピックを終えて杉山氏は、「スポーツとテレビは相性がいい。スポーツはテレビによって、ものすごく発展するだろうな」という感想を持ったという。
その一方で、中継もカメラの台数が増え、放送技術も多角化したことから、オリンピックはひとつの放送局で担えるイベントではなくなった。
2020年の東京オリンピックでは、2001年にIOC(国際オリンピック委員会)によって設立されたオリンピック放送機構が主管し、日本のNHK、民放をはじめ世界の放送局、プロダクションが中継を受け持つ。
実は開会式の中継はイギリスのプロダクションが行うことになっている。「(演出を統括する)野村萬斎氏が、日本人が大切にする“間”みたいなものを訴えようとすると、イギリスのプロダクションは、わからないかもしれませんね」と杉山さんは懸念するが、一方でそういった課題をどのように解決していくのかも見どころと言えるかもしれない。
放送技術に関しては、4K,8Kと「画質の良さは極限まで来ています」と語る杉山さんは、「映像上は完成に近いと思います」とも言う。それだけに「1964年はテレビの技術がここまで来たと映す場でしたが、50年経って、スポーツの素晴らしさや、楽しさをアナウンサーや解説がどう伝えるかが大切です」と杉山さんは話す。
現在も、現役でスポーツ中継の仕事に携わる杉山 茂さん。
「放送技術の革新と開発がテレビをここまでのものにしました」と、放送技術の変化を現場で体験し、開発者に敬意を持っている杉山さんだけに、その言葉の意味は重い。果たして、2020年の東京オリンピックでは「歴史の残る放送」が生まれるか。競技だけではなく、伝える人々の仕事とその表現にも注目してみたい。
杉山 茂(すぎやま しげる)●1936年東京生まれ。’59年に慶応義塾大学を卒業してNHKに入局。スポーツ番組の制作、演出、企画を手掛けた。’98年の長野オリンピックでは、長野オリンピック放送機構のマネージングディレクターを務める。’98年6月に退局したのちも各方面で活躍。現在エキスプレススポーツのエグゼクティブプロデューサーを務める。
大島裕史=取材・文


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