最初から周囲が協力的だったわけではなかった
とはいえ、最初から会社側がリモート勤務に理解を示したわけではなかった。
「フルリモートを提案したところ、直属の上司は大反対。そんなこと現実的にできるはずないという感じでした。そこでまずは在宅でリモート勤務をする日を週1でもうけてもらうよう話し合って、それを見て判断してもらうことになりました」。
水曜日だけの在宅リモート勤務。そこで上司の不安を払拭し結果を出したからこそ、増田さんは徐々にリモート勤務日を増やしていく。そして、1年後には大三島でのフルリモート勤務が可能になった。
「自由であるぶん、リモートワークはアウトプットがすべて。人の目がないからこそ結果でシビアに判断されると思っていますし、自由のなかには結果への大きな責任があると感じます」。
増田さんの挑戦は、これだけにとどまらない。大三島へ移住してから1年ほど経ったころ、島の限界を目の当たりにした夫婦が考えたのはなんと民宿経営だった。
「過疎化・高齢化が進むこの島の魅力をどうにか伝える手段はないか、若い移住者を増やすことができないか。妻と考えて行き着いたのが、民宿を作ろうという答えでした」。
使い手のない古民家を自分たちの手でリノベーションし、一棟まるごと使える民宿に。といってもただの観光用の宿では島の魅力を知ってもらうことはできても、移住には繫がらない。“ワーキングスペース付きの”とした理由はそこにあった。
「僕らのように、リモートワークが可能か実際に体験してもらうことで、より“住む”というイメージを持ってもらいやすいかなと思ったんです」。
母数が少ない分、何か新しいことを始めると都心部より注目してもらいやすいという利点が地方にはあるという。
「都心部では何千、何万分の1つでしかないからなかなか芽が出ない。地方では、オンリーワンになれるんです」。
もちろんそれが直接、利益に繫がるとは限らない。増田さん自身、民宿の目的は地域活性化。もとよりお金儲けという趣旨ではないという。補助金のサポートがあるとはいえ、開業の際には持ち出しでそれなりに資金繰りに苦労した。
「経営の知識もないし、特に苦労したのは会計の部分です。今勤めている『freee』の会計ソフトに出会って、資金状況の可視化や業務の効率化を図れたことでどうにか立ち上げ期を乗り越えられました。この体験が転職のキッカケにもなったんです」。
なんと増田さんは地方移住しながら、昨年、転職も果たしているのだ。多様性を認める社風も、増田さんのフルリモート勤務を支えているという。もちろん前職で結果を出せていたことも大きいだろう。
遂にこの4月、副業である民宿も本格的に始動。今後は古くからの地域住民と新たな移住者との橋渡し役として、繋がりを増やしていきたいという増田さん。パソコン教室を開催するなど自身も積極的に地域住民と交流している。ゆくゆくは大三島にIT村をつくるのが夢だ。
「若い人材がどんどん島に来てくれれば、飲食店やおしゃれな洋服屋なんかも増えてくれるんじゃあないかと……。そう考えると、半分は自分のためですね(笑)」。
理想のライフスタイルに合わせて、何かを手放すわけでも諦めるわけでもなく働き方を適応させていく。さまざまな働き方が認められるようになってきた現代では、生活と仕事、その両輪のバランスをとることは、実はそれほど難しいことではないのかもしれない。今日も増田さんの1日は、柴犬との海辺のひとときから始まる。
藤野ゆり(清談社)=取材・文