春と言えば花見、花見と言えば酒。今年の春はちょっとこだわった「花見酒」を楽しんでみよう。例えば花見と酒にまつわる落語を嗜んでみる、とか。ビギナーにもわかるように解説をお願いしたのは落語家・立川吉笑さん。オススメの噺とその魅力とは?
【三席目】貧乏長屋の住人が“VR花見”を楽しむ「長屋の花見」
「今回ご紹介する『長屋の花見』は、花見をテーマにした落語のなかで僕がいちばん好きな噺。落語ファンにも好きな人は多いと思います。
金持ちはみんな桜の時季に花見を楽しんでいるけど、貧乏長屋の住人はいつも金がなく、花見も満足にできない。だけど花見くらい楽しみたいよねということで、酒を用意できない代わりにそれを模したお茶、そして蒲鉾や卵焼きのような高級なツマミが用意できない代わりにタクアンの漬物をそれっぽく見立てる……という感じで花見に行くんです。
『長屋の花見』を聞くと、江戸の庶民が花見と酒をどれだけ愛したかがわかりますよ」。
お茶を酒に見立てた仮想の花見でどんちゃん騒ぎする長屋の住人たち。ほのぼのした景色が目に浮かび、思わず微笑んでしまう。
「そもそも落語自体がそういう表現なんです。今の言い方だとVR(バーチャルリアリティ)ですね。落語家が喋っているのを聞いて、お客さんがゴーグルなしに頭の中で描写を再現できる、稀有な芸能なんです。
もともと落語がそういうスタイルなのに、長屋の花見は『金がないからお茶で酒を飲んだつもりになろうぜ』っていう、内容自体がVR的な中身になっているので、二重の意味でバーチャルなんです。なので私は『長屋の花見』はキング・オブ・キング、落語の中の落語だと思っています。
しかも、面白いんですよ。季節感もあるし、長屋のワチャワチャ感もあってウケるし、重宝する落語ですね」。
落語も人生も、重要なのは“気で気を養う”こと
さらに吉笑さん、思い出したようにポンッと膝を叩くと、こう話を続けた。
「この『長屋の花見』って江戸バージョンと上方(大阪) バージョンがあるんです。 上方バージョンは登場人物がより積極的にVR花見を楽しむんですけど、特に印象的なのは、このなかに出てくる『気で気を養う』という言葉。
これは、 矛盾していますけど『豊かになった気になることで、 実際に豊かな気になる』みたいなニュアンスというのか、『 自分で自分の気分を高める』というのか。検索しても落語関連以外 では引っかからないから、 落語独特の言葉なのかもしれませんけど、 すごくポジティブな感じがして好きなんです。
ほかにも『だくだく』っていう落語があって、これも貧乏な人が家具を買えないから、壁に家具の絵を描いて、そこに家具がある“つもり”で暮らす。そこに泥棒が入って、物を盗んだ“つもり”になって……という噺なのですが、これもバーチャルリアリティですね。要は、この噺もお金がある“つもり”で元気に生きるということで、やはり『気で気を養う』の一例です。
落語家も、そもそもが『気で気を養う』ものですが、それができたら本当にどんな環境でも人生が楽しめるんです。今の自分の状況をいかに楽しむかっていう工夫が『気で気を養う』ということですから、僕としても生涯取り組んで行くテーマだし、そういう新作ネタを作りたい。そういう意味でも『長屋の花見』は理想に近い落語ですね」。
春の落語を聞いて酒を飲み交わす、それも立派な「花見酒」!
全3回にわたってお届けした吉笑さんの花見と酒にまつわる落語解説。最後に、吉笑さんのオススメ花見スポットについて聞いてみた。
「僕は高円寺にずっと住んでいたので中野通りが思い出深いんです。歩きながら落語の稽古をするときに、中央線のガード下をずっと中野のほうまで行って、そこから哲学堂のほうに行くと、通りの両端にバーッと桜が咲いていて。僕は高校卒業後に京都から上京してきたのですが、初めて見たときはビックリしました。東京の真ん中でこんなに桜があるんだって。
あとは等々力渓谷も好きですね。サザエさんのオープニングでサザエさんが旅をするなかに等々力渓谷があったんです。それをたまたま観て行ってみたら、こんな神秘的な場所があるんだって感動して。それで桜の時季に行ったらさらにスゴくて。近くに住んでみたいと思うほどでした」。
ちなみに『長屋の花見』の舞台は上野の山(現・上野公園)。落語に出てくる花見スポットへ出掛けてみるのも楽しそうだ。
「もちろん花見もいいんですけど、花見の時季に寄席に行って、花見のネタを聞いて、そのあとみんなで酒を飲んで感想を言い合う。それも立派な『花見酒』じゃないですか? それもちょっとバーチャルかもしれないけど(笑)。東京には寄席があるし、あちこちで独演会も開催されています。もちろん、私の独演会にもぜひお越しください!」。
吉笑さん、ナイスな提案ありがとうございます。確かにそれも由緒正しき四季の感じ方かも。
立川吉笑
落語家。京都市出身。立川談笑門下一番弟子。2010年11月、立川談笑に入門。わずか1年5カ月のスピードで二ツ目に昇進。古典落語的世界観の中で、現代的なコントやギャグ漫画に近い笑いの感覚を表現する『擬古典<ギコテン>』という手法を得意とする。勢力的に落語会を開催し、各種メディア出演も多数。著書に『現在落語論』(毎日新聞出版)。
ジョー横溝=取材・文