春と言えば花見、花見と言えば酒。今年の春はちょっとこだわった「花見酒」を楽しんでみよう。例えば花見と酒にまつわる落語を嗜んでみる、とか。ビギナーにもわかるように解説をお願いしたのは落語家・立川吉笑さん。オススメの噺とその魅力とは?
【二席目】仕事中の女遊びがバレた番頭さんの噺『百年目』
「この噺は大店の番頭さんが主人公です。この番頭さん、お店では律儀な堅物で通っているものの、実は大変な遊び人。時は花見の季節、店の者には『得意先廻りに行く』と嘘をついて、こっそりと高価な着物に着替え、屋形船に女芸者を侍らしてのどんちゃん騒ぎ。
それは船を下りてからも続きます。満開の桜の下、扇子で目隠しして女芸者を追い回す遊びの最中、エイッと女芸者を捕まえた。そして目隠しを取ってみたらそこにいたのは女芸者じゃなく、なんと大旦那だった。つまり上司ですね。これまでお店では真面目で通してきたので、『ヤバイ! 見つかった!』と焦るワケです。
お店に戻ったら、大旦那さんは番頭さんに対して何も言わない。もうクビかと心配したけれど、最終的に大旦那さんはすごく良いことを言ってくれるんです。それはあとで詳しく伝えますが、この噺、会社勤めの人が聞くと『ああ、こんな上司がいてくれたらなぁ』って共感するはずですよ」。
上司が部下に語る“良いこと”とは?
このうえなく単純明快なストーリー。でも、吉笑さんは「当分、この噺はやらない!」と断言する。
「この噺の聞かせどころは、大旦那さんが番頭さんを諭す場面です。落語では珍しくそこでちゃんと良いことを言うんですね。
簡潔には『番頭さんは自分の金で散財している。それくらいの器量がないと大きな商いはできない。立派な商人になったね。わしも付き合うからこれからもどしどし遊びなさい』といった内容です。
落語って真面目な要素が似合わないし、実際に少ないんですけども、『百年目』にはそういう要素がある。そのシーンでは大旦那さんが包み込むように番頭さんに言うんですけど、これを若手がやるのは難しい。だって説得力がないから。『小僧がそんなこと言ってもね』って思われちゃうんです。だからベテランの落語家がやらないと成立しない。聞いている人の中には、あの場面で泣く方もいらっしゃるくらいなんで」。
なるほど。確かに吉笑さんは落語界では若手(34歳)だし、感動よりも爆笑を起こす落語家として有名だから、『百年目』を“やらない”のもよくわかる。
「落語は何かと押しつけがましくないんです。『百年目』にも笑えるところがたくさんあるので、さっきの説明も説教くさくならないんですね。あと、実は落語って伝統芸能でありながら大衆芸能という一面もあるんです。
みんな落語を『伝統芸能だから難しい』『勉強しなくちゃ』と勘違いしがちですが、もとは江戸時代におけるただのポップカルチャーであり、庶民が笑える場所だったんですね」。
登場人物たちを現代の企業に置き換えたら……
落語が江戸時代のポップカルチャーというのは目から鱗。落語がグッと身近になった気がする。では、今はどうでしょう……?
「江戸時代の庶民からしたら、『百年目』も自分たちの日常と地続きの噺だからグッとくるし、江戸っ子も『うちの上司にも聞かしてやりたいよ』みたいな感じだったはず。ただ、今はちょっと時代が違いますよね。そこでうちの師匠の立川談笑は、昔の落語の現代アレンジをどんどんやっていったんです。
例えば『百年目』なら、ゴリゴリのトップベンチャー企業の副社長が主人公で、彼がマンハッタンで芸能人を集めて盛大な花見をしているところにたまたま社長が来る。当然、副社長は『ヤバイ!』と焦る。で、日本に戻って社長室に行ったら、さっきと同じような話をされる……という感じです。
いっそ、会社の上司・部下みんなで、その日だけは無礼講と花見酒に繰り出したら、社内の関係改善にもつながるかもしれませんよ」。
なるほど。確かに、管理職で部下を持つ人も多い37.5歳にとって『百年目』は等身大の噺かもしれない。働き方改革の一助として落語を参考にするのもアリかも。
立川吉笑
落語家。京都市出身。立川談笑門下一番弟子。2010年11月、立川談笑に入門。わずか1年5カ月のスピードで二ツ目に昇進。古典落語的世界観の中で、現代的なコントやギャグ漫画に近い笑いの感覚を表現する『擬古典<ギコテン>』という手法を得意とする。勢力的に落語会を開催し、各種メディア出演も多数。著書に『現在落語論』(毎日新聞出版)。
ジョー横溝=取材・文