「大人のCOMIC TRIP」を最初から読む学生時代、数学が苦手だった人もいることだろう。「どうせ大人になったら使わないし……」を逃げ口上に、向き合わなかった人もいるかもしれない。
確かに、ややこしい計算だって、表計算ソフトを使えば一発で解にたどり着ける。しかし数学の世界が、実はロマンで溢れていることを知っていたら、向き合い方も違っていたのではないか。
『はじめアルゴリズム』(三原和人/講談社)は、世界を捉える学問としての「数学」に焦点を当て、その美しさと奥深さを描いた作品だ。
老数学者である内田 豊(うちだ・ゆたか)は、あるとき、廃校となった母校でひとりの少年と出会う。彼の名は、関口ハジメ。雲の動きや木の枝の分かれ方を独自の数式によって解き明かそうとしている、類まれなる数学の才能を持つ少年だ。
そんなハジメの姿を目にした内田は、彼を最高の数学者に育て上げることを決意する。とはいえ、その道程は前途多難。数学を学問として捉え研究してきた内田の常識が、ハジメには通じないのだ。
ハジメにとって数字とは、遊び道具のようなもの。目に入った数字は、まるでおもちゃ。「計算する」という行為は、世界を解き明かすこととイコールだ。
しかし、なにがそんなに面白いのか。数学が苦手な人からすれば、ハジメの行動を理解するのはなかなか難しいだろう。
ここで内田の言葉を借りるならば、数学にとって最も大切なものは「情緒」。美しいものを美しいと感じる、心の目。それを通して、「問い」が生まれていくのだという。
日常生活のなかに潜んでいる、規則性や図形の美しさ。それを知ることができるのは、数学に精通しているもののみ。
つまり、ハジメは数学を通して世界の成り立ちの面白さや不思議さに触れているだけであり、それだけを取り上げるならば、子供特有の「好奇心」に突き動かされていると言えるだろう。
本作ではそんなハジメが実に活きいきと描かれており、数学の楽しさが見事に活写されている。その姿を見ていると、「もっと数学を勉強しておけばよかったな……」と後悔するほど。
また、本作を親世代の視点で読むと、また違った風景が広がってくる。例えば第1巻の第6話。数学を学ぶために、内田とともに京都で生活することを提案されるハジメ。そんなハジメに対して、母親は「思い切りやりなさい」と背中を押すのだ。
彼女の回想シーンでは、子育てのなかでハジメが理解できなくなっていった苦しみや哀しみも明かされる。
幼い頃から数学の才能を見せていたハジメは、他の子供と違うところが多々あったのだ。しかし、その理由がわかったことで、母親はハジメのすべてを肯定する。
「ハジメの見ている世界 お母さんにもいつか見せてよね」。この後押しで、ハジメの世界は急加速していくことになる。
子育て中には、さまざまな同調圧力が働く。他の子と同じようにいなければいけない、変わったところがあってはならない。そんな風に思い込んでいる親もいるはず。
しかし、それは子供の可能性を潰すことにもなりかねない。ハジメに数学の才能があったように、もしかしたら我が子にはとんでもない才能が潜んでいるかもしれないのに、だ。
数学を通じて、ひとりの少年が世界と対峙するさまを描いた本作。数学の面白さに加え、子供が持つ可能性についても教えられる、まさしく教科書になり得る一冊だ。
五十嵐 大=文
83年生まれの編集者・ライター。エンタメ系媒体でインタビューを中心に活動。『このマンガがすごい!2018』では選者も担当。