知らなきゃ男が廃るが、知ってりゃ上がる。気にするべきは、顔のシワより脳のシワ。知的好奇心をあらゆる方向から刺激する、カルチャークロスインタビュー。
豊田弘治「絵を見たその瞬間に、楽しくなってもらいたい 」
サーフアーティストの第一人者である豊田弘治の作風は決してハッピーなものだけではなかった。
1997年、カリフォルニア・ハンティントンビーチの「インターナショナル サーフィン ミュージアム」で個展を催して以来、数多く招聘されてきた海外でのエキシビションでは、否応なく自分が日本人であることを意識させられる。
そのため北斎や日本画を勉強し、画風を取り入れたことがあった。また、抽象的な表現こそがアートという思いから、暗く、難解な作風にしたこともあった。
だが、作家活動20周年を迎え、6月上旬に東京・千駄ヶ谷で開催された個展会場の作品を見ていると、内省の時は過ぎ去ったように思える。
描かれた絵はすべて、わかりやすく、温かく、楽しいものだった。
「ちょっとダサイでしょ? でもそれでいいと最近は思ってるんです。格好良い絵を描きたいと、美術家然とした抽象的な絵やネガティブな作品もつくってきました。でも子供ができて家族ができると、どんどん自分のエゴが消えていったんです。今は作品を見て一瞬で喜んでもらえるのがいいですね。会場から帰るときも、美味いものを食べたあとのような気分になってもらいたい」。
“一瞬で”というところに、豊田らしさがある。
現代美術は余白のある作品が多く、観る者に思考を促す。しかし豊田は“一瞬で”喜んでもらいたい。
「僕は美術家じゃないから」「僕はアホだから」といった理由もあるが、「サーファーだから」というのも理由のひとつ。
サーフィンは波が来たら乗る。すると、誰もが“一瞬”で楽しくなる。絵もそれでいいじゃないか。そう思うのだ。
「絵の力には何度も魅了されてきました。子供の頃は漫画やアニメのキャラをよく真似して楽しんでいましたしね。大人になって圧倒されたのはキース・ヘリング。’80年代にNYへ行ったとき、彼がウエストヴィレッジの倉庫でTシャツ展をやっていたんです。13ドルだったかな。マジックで描いただけのTシャツを並べてね。シンプルなのに伝えたいメッセージは力強く表現されていて、すごかったですね」。
絵に込められたメッセージ。豊田のそれは楽しさが多くを占めてきた。しかしここ数年で“ピース”が加わり、今回の個展で描かれた作品も色彩で平和を表現したものだった。
「絵もサーフィンも仕事も平和だからできるんでね。それに最近、少し気味悪いでしょ。耐えられなくなったところもあって。世界を平和にしたいなんてよう言わんけど、みんなの日常を脅かさんといてくれよと、それくらいは言いたいと思って」。
怒りもインスピレーションとし、新たな作風へと昇華させていた。
『エンジョイサーフ』
豊田弘治/ブエノ! ブックス/5480円[税込]「サーフィンと絵」「暮夏の夕方」「アイビーファッション」をはじめとして、自身の“大好き”な事柄に沿ってチャプター分けをした最新のアートブックは、20年以上にわたる作家活動の集大成的な内容となった。「平和」をテーマに未来を思って描いた2つの新作も収録。一読すれば心が柔らかくなる1冊だ。
森滝 進(MAKIURA OFFICE)=写真 小山内 隆=取材・文