わずか2週間の同居生活、夫の本音は「幸せでした」
そんな夫婦だが、じつは2週間だけ一つ屋根の下で生活したことがある。夫がイギリスでの単身赴任を終えるタイミング、その最後の最後で妻がケンブリッジの研究機関に着任し渡英。ほんのわずかな期間だったが、初めてふたりの場所と時間が重なった。
春菜さん「あの2週間だけは、一般的な家庭に近い経験ができたと思います。でも、互いに仕事が忙しくて、甘い新婚生活という感じではなかったですね。夫は夜が遅く、私は朝が早かったので、生活時間がなかなかかみ合わずすれ違い。一緒に住んでいるからといって、必ずしも仲が深まるわけじゃないんだなと。じつは同居生活に少し期待していたぶん、残念だったというのが本音です」。
どこまでもクールな妻。「そろそろ仕事に戻らないと」と席を立つ最後まで、甘い言葉は聞かれなかった。洋さんはそんな妻の話を静かに聞いていたが、スカイプが切れたあと、こんな本音を吐露した。
洋さん「妻らしい意見だと思います。でも、彼女はああ言いましたが、僕はあの2週間、本当に幸せだったんですよね。夜、仕事から帰ってきたときに待ってくれている人がいる。朝、行ってきますと言える相手がいる。そんな些細な一つひとつに、幸せを噛みしめていました。今さら古い家庭像を押し付けるつもりはないし、現状を前向きに楽しんでもいるけど、普通の同居生活に憧れる気持ちが全くないわけではありません」。
また、かくいう妻も、条件が整えば再び同居してもいいと語っていた。
春菜さん「さすがにいつまでも別居婚を続けようとは考えていません。年を重ねるにつれ、別居への不安や違和感は大きくなっていくでしょうし、この先子供を持つとなったら今のスタイルはさすがに無理。とりあえず現職の契約が満了したら、日本で新たな仕事に就くつもりです」。
本格的な同居に対しては夫婦とも「不安がある」と口を揃える。だが、ともに長年のひとり暮らしで育てた自立心や相手への思いやりは、来るべき同居生活を円満に送る上でも大いに役立つだろうと考えている。
家庭の“実態”が見えづらいその関係は、一見脆くも思える。しかし、海を越えてなお、一度も離れることなく心をつなぎとめてきた。その歳月は、確実に夫婦の糧になっているようだ。
取材・文=榎並紀行(やじろべえ)