子どもの学力向上は「どこで学習するか」よりも「どれだけ学習するか」
なぜ、このような非科学的な説があちらこちらで語られるのかといえば、「東大生はこうだ」という事実は、さまざまな商材の有力な販促ツールとして使えるからだ。実際に、この説が語られているサイトを検索すると、住宅や家具関連の企業のサイトがたくさん出てくる。子どもが学習しやすいリビングにリフォームしましょう、リビングで学習しやすい椅子やテーブル(学習机ではないところがミソ)はこれですよ、といった提案がそれらのサイトの落としどころである。東大生云々は、その入口にすぎない。
企業が学習に向く空間づくりや家具を提案すること自体は悪いことではないし、そこで提案されている内容も「なるほど」と思えるものは多い。しかし、だからと言って、学習に向くリビングや家具を手に入れれば、それだけで子どもの頭が良くなると思い込ませてしまうようなアプローチはいかがなものか、とも思う。当のアンケート調査は、あくまで東大生の過半がリビングで学習していたという事実を示しているだけで、その割合が他の大学の学生より高いとは証明されていないのだ。
筆者は教育の専門家ではないが、三十数年前の自身の受験や数年前に受験生の親となった経験から言うと、子供の学力向上には、「どこで学習するか」より「どれだけ学習するか」のほうがはるかに重要だと思う。これに異論がある人はまずいないはずだ。場所については、子供のやる気が出やすいのがリビングなら、リビングの環境を整えればいいし、個室のほうが集中できる子なら、個室を整えたほうが合理的である。そうした、子供のやる気や集中力を妨げず、学習が習慣づきやすい環境という意味で、勉強する場所は大事な要素には違いない。しかしだからこそ、子供の性格を考慮せず「リビングで学習すると頭が良くなる」と一元的に決めつける説に筆者は違和感を覚えるわけだ。
オーシャンズ世代には、子供が受験を迎えるのはもう少し先の人も多いだろうが、そのときに備えて、子供が自宅で学習しやすくなる場所を今から整えても決して早すぎることはない。家具の入れ替えにしろ、住み替えやリフォームにしろ、何もしないよりは、できることはやってあげたほうがいいと思う。ただし、場所を整えさえすれば子供の頭が良くなる、なんてうまい話はないと心得るべきだ。子供の教育がそんなに簡単なら、今頃世の中は秀才だらけになっているはずだが、現実はそうなってはいないのだから。
取材・文/山下伸介
1990年、株式会社リクルート入社。2005年より週刊誌「SUUMO新築マンション」の編集長を10年半務め、のべ2700冊の発刊に携わる。㈶住宅金融普及協会の住宅ローンアドバイザー運営委員も務めた(2005年~2014年)。2016年に独立し、住宅関連テーマの編集企画や執筆、セミナー講師などで活動中。