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しかし、よく考えてみてほしい。私がかつて目の当たりにしたように、移民の家庭の子供は、移民先の言葉や習慣を親から学ぶことができないにもかかわらず、すぐにそれらを身に付ける。ほかにも不思議なことがある。イギリスの裕福な家庭に生まれた男子は、8歳になると全寮制の寄宿学校へと送り出され、その後10年間を学校で過ごす。長期休暇で帰省するとき以外、親とは顔を合わせない。
それでも、寄宿学校を巣立つ頃には立派なイギリス紳士の行動様式を身に付ける。上流階級のアクセントや立ち居振る舞いは父親そのものである。父親は、息子の成長にちっともかかわっていないにもかかわらずだ。
実は、子供の性格に決定的な影響を及ぼすのは、親ではない。重要なのは仲間集団だ。家庭から解き放たれた子供は仲間集団とのかかわり合いの中で、社会のルールや自らのキャラクターを身に付けていく。
この「集団社会化」が人間の発達上いかに重要かを知っていただくために、逆にそのプロセスが欠けてしまうとどうなるのか、ウィリアムの事例を紹介したい。

社会不適合状態に陥った神童

ウィリアム・ジェイムズ・サイディスは、1898年4月1日、ボストンに生まれた0歳の頃から両親による徹底的な英才教育を授けられ、11歳(当時最年少)でハーバード大学に入学。数カ月後には「4次元物体」と題した講演を行い、数学教授たちを驚かせたという。ウィリアムは、まさに神童だった。
しかし、この頃をピークに、ウィリアムの人生は暗転する。彼はやがて修士課程を中退。頭を使わない安月給の事務仕事を転々として過ごした。趣味は路面電車の乗り継ぎ切符の収集で、それについての本も書いたが、ある読者は「まさに本の歴史の中で最もつまらない本」と評した。結局、ウィリアムは46歳で心臓発作のため亡くなった。独身で無一文、完全な社会不適合状態に陥っていた。
ウィリアムのおかれた状況は、仲間との付き合いがないままに成長したサルの状況と似ている。霊長類学の研究によれば、そういうサルは、母親不在のサルと比べても明らかに異常行動が目立つという。ウィリアムもまた、同年代の子どもたちとの普通の関係を知らずに育ったため、社会に適応できず、高い知能をふいにしてしまった。
ウィリアムの例からもわかるように、私たちの思いどおりに子供を育て上げることができるという考えは幻想にすぎない。あきらめるべきだ。子供とは親が夢を描くための真っ白なキャンバスではない。子供には愛情が必要だからと子供を愛するのではなくて、いとおしいから愛するのだ。
彼らとともに過ごせることを楽しもう。自分が教えられることを教えてあげればいいのだ。気を楽にもって。彼らがどう育つかは、親の育て方を反映した結果ではない。彼らを完璧な人間に育て上げることもできなければ、逆に堕落させることもできない。それは親が決められることではない。


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