あまり考えたくはない未来の「もしも」が、人生には必ずある。夫婦のこと、子どものこと、両親のこと、会社のこと、健康のこと、お金のこと、防災のこと――心配しだすとキリがないけれども、見て見ぬフリをするには、僕たちもそう若くはない。今のうちから世の中の仕組み、とりわけ社会保障(セーフティネット)について知っておくことは、自分の大切な人たちを守るためにも“大人の義務教育”と言える。37.5歳から考える未来の「もしも」――この連載では「親の認知症」について全6回で考えていきたい。
過剰な報道によって“まちがった認知症の理解”が広がっている懸念
「2025年に認知症が700万人を突破」「高齢者の5人に1人が認知症に」「認知症高齢者による交通事故が多発」――最近のテレビや新聞の報道では、少子高齢化が進む日本が直面する大きな課題のひとつとして「認知症」がセンセーショナルに取り上げられています。そういった報道に接するたびに「認知症は恐ろしい病気だ」「認知症にはなりたくない」といった気持ちになる人も多いのではないでしょうか。しかし、その報道のせいで“まちがった認知症の理解”が広められてしまっている、とも言えます。
まずは「認知症は恐ろしい病気」という理解。恐ろしい=治らない、社会性がなくなる、他人への迷惑行為が増えるなどが挙げられるのでしょうが、それは数ある認知症の中で特例の症状の一部を切り取ったにすぎません。症例によっては、認知症そのものが治ることもあるし、認知症は治らなくても周囲の対応や適切な支援によって、認知症特有の行動が見られなくなることもあります。病気であることには違いないですが、認知症になったら人生はおしまい、との認識を持っている人は考えを改めたほうが良いでしょう。
次に「認知症にはなりたくない」という理解。メディアでは、認知症にならないための予防法や早期対処法を取り上げると視聴率や部数が伸びるので、ついつい認知症予防の話題が多くなりがちです。認知症予防、それ自体は悪いことではないのですが、そのことが行き過ぎると「努力をしない人・怠慢な人が認知症になったのだ」といったヘンな認識(負の烙印)が生まれる懸念があります。例えば風邪をひいたときに「風邪をひくような生活をするのが悪いんだ」と指摘する人と、「2~3日、ゆっくり静養してしっかり治してね」と優しい言葉をかける人のどちらがありがたいか。同じように「認知症になりたくない=認知症になった人が悪いんだ」といった考え方ではなく「認知症になっても安心して暮らしていけるにはどうすれば良いか」といった考え方を、社会全体がしていけるかどうかが大切です。
親に認知症の疑いが出たときに、最も不安が大きいのは、本人である親
認知症の多くは脳が委縮することで発症します。単なる老化によるもの忘れとは異なり、認知症になると記憶そのものが欠落したり、日付や曜日がわからなくなります。初期症状の具体的な行動には、「よく知っている場所でも道に迷う」「話がくどく、同じことを何度も繰り返す」「ちょっとしたことでイライラする」「身だしなみを気にしない」「段取りよく物事を進められない」「動作がのろくなってくる」などが挙げられます。
もしも、そんな症状が自分の父親に出たとしたら、あなたなら最初にどんな言葉をかけますか。
「オヤジ、しっかりしろよ」
「何やってんだよ。昔はそんな人じゃなかっただろ」
「なんでそんなこともできないんだよ。まだ老け込む年じゃないだろ」
「もしかして認知症なんじゃないか。なんでそんなことになったんだよ」
「早く病院に行こう。すぐに検査してもらおう」
文字にして読むと、かなりキツい言葉だということがわかるかと思いますが、これらはいざ直面したときに思わず口を突いて出てしまう言葉たち。これまで頼りにしてきた尊敬する父親であればあるほど、家族はとまどい、否定してしまいたくなる。だからこそ、本人を責めるような言葉が出てしまうのです。
しかし逆の立場で、その言葉をかけられた父親はどう感じるでしょうか。認知症だから何も感じないのでしょうか。実は認知症の初期症状に最初に気づくのは、本人だと言われています。今まで苦もなくやってきたことが徐々にできなくなり、「何かが起こっている」と不安を感じているのです。そんな不安な本人が、家族から責められるような言葉をかけられたとしたら……。
ちなみに、
「ちょっと疲れてるみたいだね。手伝うよ」
「昔からオヤジばかりにさせてたから、オレにやらせてよ」
「不安なことあったらいつでも声かけて。親子なんだから遠慮しないで」
といった言葉だったらどうでしょうか。先ほどよりはキツくはないでしょうが、これが正解かどうかはわかりません。それまでのあなたと父親との関係性によっては、「急に態度を変えてきた。おかしい」と警戒心を抱かせることになるかもしれません。
実は、最初にかける言葉には、誰にも当てはまるような正解はありません。あなたと親との、これまでの関係性によってかける言葉は変ってくるのです。家族が親の認知症を受け止めるまでには、①とまどい・否定→②混乱・怒り・拒絶→③割り切り→④受容の4つのステップがあるといわれています。家族が①②の状態で長くいることは、本人にも家族にも過大なストレスをまねきますので、内心はとまどっていても、本人の前ではできるだけ「自然体」でいることが大切なのです。
そして、いざというときに「自然体」でいられるかどうかは、親との心理的距離が近いかどうかによります。40歳近くになったら、親の将来の考え方や、老後の不安について会話をする、ちょっとした機会を作ることをおすすめします。「あのときオヤジ、こんなこと言ってたよな」とわかっていれば、初期対応にも必ず活かされるはずですから。
(なお今回は父親をケースにしましたが、日頃の関係性作りの大切さは、母親であっても当然同じです)
次回は「日本の認知症ケアは、どこまで進んでいるのか」をテーマにしたいと思います。
※参考文献:認知症サポーター養成講座標準教材(全国キャラバン・メイト連絡協議会)
取材・文/藤井大輔
リクルート社のフリーマガジン『R25』元編集長。R25世代はもちろん、その他の世代からも爆発的な支持を受ける。2013年にリクルートを退職し、現在は地元富山で高齢者福祉事業を営みながら、地域包括支援センター所長を務め、住民向けに認知症サポーター講座を開催している。主な著書に『「R25」のつくりかた』(日本経済新聞出版社)