OCEANS × Forbes JAPAN Vol.72
2021.08.19
LIFE STYLE

元横綱が新たに採り入れるものとは──北野唯我「未来の職業」ファイル

当記事は「Forbes JAPAN」の提供記事です。元記事はこちら

荒磯 寛(元 稀勢の里 寛)

あらゆる職業を更新せよ!──既成の概念をぶち破り、従来の職業意識を変えることが、未来の社会を創造する。「道を究めるプロフェッショナル」たちは自らの仕事観を、いつ、なぜ、どのように変えようとするのか。

『転職の思考法』などのベストセラーで「働く人への応援ソング」を執筆し続けている作家、北野唯我がナビゲートする。

日本の国技、相撲。神話時代からの歴史をもち、現在は大相撲として興行が続く。その頂点を究めた元横綱が新たに採り入れるものとは。

 

北野 この連載では、皆さんに「キャリアの節目」を伺います。荒磯親方の場合はいつでしたか?

荒磯 横綱に上がる1年前ですね。当時は大関に丸4年いて、優勝が1回もなく苦しい時期でした。それまでの14年と肉体面でも、メンタル面でもすべて変えようとしたんです。大相撲について神道などにさかのぼって勉強もしました。

入門以来、弱肉強食の世界にいて精神的に追い込まれ、常にイライラして怒っていたんですが、やっぱりいいことないですよ。ある先生から「日本人は『和』の精神を大切にする。他人を応援できるくらい変われれば、自然と力が付いてくる」と言われて楽になりました。

北野 誰かが勝ったら誰かが負けるシビアな世界で、いわゆる「禅」的な考え方にたどり着いた。

荒磯 もう、生まれ変わるしかないと。勝ち負けは表裏一体。人は負けたときや調子悪いときだけ切り替えようとするけど、本当は勝ったときも切り替えなきゃいけない。すべてが一つのものだという気持ちになれました。

横綱に上がる優勝を決めたのが、場所の14日目。白鵬が負ければ自分の優勝が決まる瞬間に、「白鵬、頑張れ。千秋楽は一騎打ちで勝負するんだ」と思ったんですよ。だから白鵬が負けたとき、優勝の喜びよりもガッカリする感覚でした。

北野 怒りやネガティブな感情など、自分の心の弱さに打ち勝つという考え方は、もはや「道(どう)」の世界だと感じます。「内観する力」というか。

荒磯 どちらかというと、小さいときは嫌なものから逃げてしまう性格でした。キツイことが嫌で、持久走もショートカットでズルするタイプ(笑)。野球も本当にラクしてやっていました。

北野 それがなぜ内観するまでに至ったのですか?

荒磯 相撲のスタイルを追究したとき、絶対「逃げたら勝てない」と変わってきてからです。体の使い方や気持ち、中心線の入り方などを勉強した結果、やっぱり逃げると入り込めない、自分の相撲が取り切れないと気づきました。

北野 振り返って「相撲道」をどう定義されますか。

荒磯 先代の鳴戸親方は「土俵は人生の縮図だ」と言っていました。生き方そのものが出るから、相撲を取らせたら、性格にせよ、心理状態にせよ、すべてわかるんだと。

大相撲は「ここ一番」もそうですが、勝つときに「見えない力」が働く。逆に、変なことをしてしまうと、自分が嫌な気持ちになりますし、力士には人生そのものを見せる職業という側面があるかもしれません。

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北野 親方は引退後、早稲田の大学院でスポーツ科学を学ばれましたね。相撲部屋における新たなマネジメントを考察する論文も読ませてもらいました。                     

荒磯 いまは田子ノ浦部屋の部屋付きで、いわゆるコーチのような役割ですが、この3月には自分の内弟子が3人決まりました。将来は独立して自分の部屋をもつとなれば、また違う人生が始まります。そのための準備をしようと考えました。

論文に「科学的な筋トレを採用する」という提案を書きましたが、自分の場合は25歳でバチッと筋トレをやめたんです。やはり硬さも出てしまうし、日本人独特のおなかの使い方、気の取り方もできずに、力だけに頼ってしまうので。そこから大関に上がり、横綱にもなれました。

北野 結果も付いてこられたと。

荒磯 ただ、筋トレをやり続けて強くなる子もいると思うんです。そこは十人十色。科学的な構図でいくか、武道的な気の入り方、線の入り方、意識のもち方を鍛えていくか、しっかり一人ずつ見極めなくてはいけません。それまでに生きてきた環境も違いますし、性格も違えば、手足の長さも違う。

例えば、いまの相撲界では「日本人力士は最近弱くなっている」といわれることがあります。でも、おそらく伝統的な稽古やトレーニングの内容が、欧米化して椅子で生活する現代の日本人の体には合ってないだけだと思うんです。

北野 非常に面白い着眼点です。

荒磯 モンゴルの家は床で暮らす文化の雰囲気が残っているじゃないですか。だからモンゴル出身の白鵬や日馬富士は、日本の昔ながらの稽古にバチッと合っている。

ほかのスポーツでも、外国人選手たちは砲丸投げでも円盤投げでも叫ぶでしょう。息を吐き出すほうが彼らは強いんですよ。日本人が歯を食いしばるのと逆ですね。

北野 体の使い方がまったく逆なわけですか。

荒磯 最新技術を使ってトレーニング環境も工夫できるはず。アメリカのカレッジフットボールの日本人コーチに話を聞いたら、彼らはVRを入れてフォーメーションを組むところまで進んでいました。

それに対して相撲界は「立ち合いが8割」とまでいわれるのに稽古場にカメラがなく、もったいないなと思っていて。稽古場のどの位置にカメラを置いたら撮りやすいかも研究しました。

北野 本当はみんなにとっていい改革であっても、いざ伝統的な業界で進めようとすると反発も起きませんか。

荒磯 全部を変えるとか、そんなことはまったく思わないです。自分のところだけでもやり始めたら、それがいいと思う同僚の親方たちが続いてくればいいと思うくらいです。全体の実力が底上げされれば、面白い相撲も増えますから。

大相撲のお客さんはすごい目が肥えていて、技術的なことも見ていますし、力の部分も見ている。力士の力が落ちてくると、やっぱり拍手もないです。自分の考えることが科学と呼べるかはわからないですが、興味をもって研究しています。

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北野 研究すること、学ぶことは楽しいですか?

荒磯 考え続けるのはしんどいですよ。ただ、振り返ると、自分は考えることで成長できました。「勝った、負けた」だけでなく「いまこれをやるんだ」「次はあれをやろう」と決めてやり抜くことがいまの力士にも必要だと思います。15歳、18歳から考える能力をしっかり教えることで伸びるはずです。

とはいえ、自分は22歳ぐらいまでは勢いだけの相撲でした(苦笑)。でも、そこで限界が来た。場所で2桁勝てないし、上位に行ったらはね返されます。そのときの横綱たちは、もっと考えてきていましたから。

北野 面白いです。相撲の世界でも、やはり横綱まで上がった方は全員考え抜いていますか。

荒磯 超考えまくっています。よく「考えすぎてダメになった」というと思うんですが、そんなことは絶対ないです。考えすぎていいんですよ。考える力がものすごい大事。それをずっと言い続けています。

インタビューを終えて

勝ったときこそ、さらに考え抜け

(元横綱・30代・男性)──あなたがもし帰り道にぷらっと立ち寄った書店で、雑誌の「職業欄」にこう書かれている人物を目にしたら、きっと目を疑うことだろう。あまり考えたことがない肩書であり、接することのない人生でもある。

今回対談させていただいた荒磯親方は、まさに横綱・稀勢の里関として日本の頂点に立っていた人物だ。しかし親方の口から出た「勝つ力士」としての職業の本質は少し意外なものだ。それは「思考力」であり「科学」という言葉だった。

いわく、横綱対横綱──その両雄が土俵上で勝負を決するとき、最後に結果を分けるのは「思考量」と「科学的視点」だという。

アマチュアスポーツ界でいわれるような「考えすぎてダメでした」は真っ赤な嘘で、横綱と呼ばれる人物たちは、すべからく「考えに考え抜いている」というのだ。

こう来たら、こう返す──思考シミュレーションを何千、何万パターンと繰り返すだけでなく、当たり前と思われているトレーニング方法に疑問をもち、メンタル面も含めてあらゆる角度からアプローチを行う。そしてこれはビジネスも同じだろう。超一流の起業家は皆「頭がちぎれるほど考え抜いている」からだ。

しかも彼らは「負けたときだけ何かを変える」ではなく「勝ったときも切り替えないといけない」ということを本能レベルで理解している。なぜなら、負けたときだけ変える──それは世の中が間違っている、という前提に立つ非科学的態度だからなのだ。

勝っても負けても変える。まるでそれは「KAIZEN」カルチャーのように生き残りが激しい世界でこそ使われる、生物が生き残るすべだろう。

相撲界という、類いまれなる才能が完全に開花して初めて勝てる世界。だからこそ説得力をもつ荒磯親方の「思考力」という言葉。弱肉強食の世界から「和」、つまり後進を育てる世界に飛び込む親方が次に思考力を発揮するのはどの領域なのか? 私は取材を終えて、そんなことを考えていた。

「職業を通じて、未来を生み出す力を養う」。これがこの連載での私のミッションである。優れた才能を自己の職業に生かす人物たちには、必ず「独自の世界観」と「習慣」がある。それを築き上げたプロセスを知りたい。私の役割はそれを洞察し、ときに憑依(ひょうい)し、世の中に還元することにある。

私は「眼」であり「耳」である。働く人々を道(どう)の世界を通じてつなげる媒介である。未来へ向かう膨大なエネルギーを感じるような、力強い連載にしたい。


荒磯 寛(元 稀勢の里 寛)◎1986年、茨城県生まれ。第72代横綱。中学卒業後、鳴戸部屋に入門。2002年3月場所で初土俵、04年11月場所で新入幕、四股名を萩原から稀勢の里に改名。12年1月場所で大関、17年3月場所で横綱昇進。19年1月場所で現役引退。生涯戦歴は800勝496敗97休(101場所)、幕内優勝2回、幕下優勝1回。引退後は田子ノ浦部屋付きの荒磯親方として後進の育成にあたる傍ら、大相撲の解説者として活躍。20年4月より早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制で学んだ。


北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』ほか。近著は『内定者への手紙』。

神吉弘邦、北野唯我=文  桑嶋 維(怪物制作所)=写真

記事提供=Forbes JAPAN

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