37.5歳の人生スナップ Vol.62
2019.05.25
LIFE STYLE

日本初のプロ・ライフセーバー、飯沼誠司が今日も水辺で生きるワケ

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ライフセーバーとして活動を続ける傍ら、アスリートが「安心・安全な環境づくり」を発信する一般社団法人「アスリートセーブジャパン」の代表理事を務める飯沼誠司さん。

「僕にとって海やプールは、リラックスできる場でもあるし、命を守る厳しい場でもあります。いずれにせよ、水辺は僕のライフスタイルそのものですね」。

こう語るのは、ライフセーバーの飯沼誠司だ。飯沼は、44歳になった今も、ほぼ毎日のように海やプールで救命や教育の現場に立ちながら、ライフセービング競技に取り組むアスリートとしても活動している。

 

水と飯沼との蜜月な関係

飯沼は幼い頃、喘息やアレルギーを持っていたが、体質改善に良いと言う医師の勧めで、3歳から水泳を始めた。5歳になる頃には、徐々に体質は改善され、もっと真剣に取り組みたいと親に志願するほど水泳にハマっていった。

小学5年生のときにはジュニアオリンピックに出場。その後も順調に成長を続け、高校生のときにはインターハイに出場するなど着実に実績を積み重ねていく。だが、飯沼の競泳に対する情熱は徐々に冷めていったという。

「高校生の頃は、多い日では20kmほど泳いでいました。朝練で3時間、放課後に3時間半。毎日、授業時間より長く泳いでいたにも関わらず、3年間でタイムが1秒しか伸びなかったんです。タイムを縮めることに対する精神的苦痛が大きくて、競泳に対するモチベーションは上がらなくなっていました」。

そんな飯沼がライフセービングに出合ったのは大学に入学したときだった。ライフセービングの競技性もさることながら、海の中という大自然で競技に打ち込む男たちの逞しさに大きく心を動かされた。

「正直なところ、人の役に立ちたいとか人の命を救いたいという動機ではありませんでした。大学に入学した頃の僕は、『もやし』って言われるくらい線が細かったんです。だから、ライフセーバーたちを見て、純粋にその逞しさに憧れました」。

本人提供=写真

飯沼は、ライフセービング競技の花形種目アイアンマンレース(現在はオーシャンマンレースに改名)をメインに活躍するようになり、学生大会で優勝するなど徐々にその頭角をあらわす。

大学卒業後には、オーストラリアが主催するオーシャンマンレースのワールドシリーズ「ワールド・オーシャンマンシリーズ」に日本代表として選出され、日本人ライフセーバーとして初めてプロ契約を果たす。また全日本選手権5連覇を達成するなど、名実ともに国内最強のライフセーバーとしてトップの座に君臨した。

 

芸能活動を経て気づいた自分のアイデンティティ

こうして、トップアスリートとして歩んでいた飯沼に転機が訪れたのは27歳の頃だった。その端正な顔立ちと明るいキャラクターを、メディアが放っておかなかったのだ。バラエティ番組を始め、TV番組への出演が大幅に増えていくと、思うように練習時間が取れなくなっていき、その結果、2002年に行われた第28回全日本選手権で6連覇を阻まれてしまう。ちょうどそのタイミングで競技の第一線からは退いた。

TBSの人気スポーツバラエティ番組「スポーツマンNo.1決定戦 “芸能人サバイバルバトル”」では、持ち前の身体能力を活かして毎年のように上位争いを繰り広げ、お茶の間にその存在は知れ渡る。さらに、映画『海猿』(2004年公開)など、水を扱う作品を中心にテレビや映画で存在感を示し、活躍の場は舞台や映画、ドラマにまで広がった。飯沼は芸能活動に力を入れていた当時のことをこう振り返る。

「5年ほど芸能の仕事に力を入れました。“酸いも甘いも”とは言えませんが、芸能の世界でいろいろな経験をして、改めてライフセービングは僕のアイデンティティなんだと感じました。そこで、イチから社会人チームを立ち上げて、社会人が参加しやすいライフセービングを行なっていこうと思うようになりました」。

 

ふたたび水に囲まれた生活へ

本人提供=写真

ライフセーバーとしての活動再開を視野に入れ始めた飯沼は、あるとき、千葉県館山市でライフセーバーが育っていないことを知る。当時の館山市には11の海水浴場があったが、事故が多いうえに、地元のライフセーバーはゼロ。市外からライフセーバーたちが館山の海を守りにきているような有様だった。

飯沼は、これだけ多くの海水浴場があり海に恵まれた環境であるにも関わらず、地域に海を守る力が備わっていない状況に強い疑問を抱いた。そこで、ライフセーバーの育成という目的のもと、地域の人々やライフセーバー仲間たちとともに「館山サーフクラブ」を立ち上げ、ライフセービングの活動を本格的に再開することにした。ちなみに、飯沼は館山という土地の魅力を、のちにこのように語っている。

「館山は、内房から外房にかけて海水浴場が点在しているんです。初心者は内房で育て、エキスパートは外房に出て実践的経験を積み、トレーニングすることができる。ライフセーバーの育成環境として本当に素晴らしいところでした」。

館山サーフクラブが主催しているイベント「OCEAN+FEST TATEYAMA」の様子。今年は6月1日(土)、2日(日)に館山市の北条海岸で開催される。本人提供=写真

飯沼は、館山の海を守りながらライフセーバーの育成を行い、自らもトレーニングを再開。再び競技の第一線に戻ると、2008年には全日本選手権で王座に返り咲いた。さらに2010年には、世界選手権エジプト大会に日本代表のキャプテンとして出場し、プール種目において日本初の銀メダルを獲得するなど、最強のライフセーバーとして完全復活を遂げたのだった。

2010年の世界選手権エジプト大会では日本代表のキャプテンを務めた。本人提供=写真
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東京と館山の2拠点生活

現在、飯沼は、東京都世田谷区でライフセービングを取り入れたスイミングスクール事業を行いながら、夏場を中心に千葉県館山市や南房総市で海辺の安全と環境を保全する活動を行い、さらには、再び全日本選手権で上位へ食い込むことを目指して、日々トレーニングを続けている。

なぜ飯沼は、2拠点生活をしてまで、競技の第一線にいることを望んでいるのだろうか。

「例えば、海で人がいなくなったっていう連絡が入ると、我々ライフセーバーの間には一気に緊張が走るわけです。その人は海に入ってるのか。海に入ったのは何分くらい前か。人の動きや潮流、風の状況などの手がかりを元に判断しながら、1秒でも早く人命に辿り着かなければならないんです」。

本人提供=写真

ライフセービングは、競技の勝ち負けだけの世界ではない。1秒でも早くゴールしたその先に、人の命がある。人命救助の場に年齢は関係ない。常に1秒でも早く、人命にたどり着くためにトレーニングを行うのだ。

また、飯沼はもう一つの拠点である、東京都世田谷区での活動にも強い想いを持っている。

「日本の水難事故が減らないのは、実践的な水の教育を受けていないからです。例えば、水難救助の先進国・オーストラリアには、水泳に『スイム&サバイバル』という教育プログラムが存在しています。まずはサバイバルスキルを上げたあとに、競泳のような競技があるんです。海洋国家である日本も、もっとライフセービングを教育に組み込んでいくべきだと思っています」。

警視庁ホームページのデータをもとに筆者作成

水泳は長らく、幼稚園や小学生の習い事の人気No.1の座に君臨している。これだけ人気が高く、多くの学校にプールが設置され授業に組み込まれているにも関わらず、最近の10年間の水難事故件数は、上のグラフが示すように一向に減っていない。

飯沼が指摘するように、実践的なサバイバルスキルが不足していることが原因の一端であるとしたら、今後、ライフセーバーが運営するスイミングスクールがもっと増えていっても良いのではないだろうか。

飯沼はこのように東京都世田谷区で水辺の教育を行い、千葉県館山市で海の実践的なスキルを継承しライフセーバーの育成しながら、2拠点を活用して、日本にライフセービングの文化を広める活動をしているのだ。

 

一般社会にもライフセーバー的な存在を

さらに、飯沼の飽くなき追求は、水辺だけにとどまらない。これまでライフセーバーとして人命救助の最前線に立ってきた経験を活かし、2017年より、ほかのスポーツ競技選手を巻き込んだ新たな取り組みを行なっている。一般社会の中で、ライフセーバーのような存在を増やしていきたいという想いのもと、「アスリートセーブジャパン」を立ち上げたのだ。

本人提供=写真

アスリートセーブジャパンでは、安全なスポーツ環境の実現を目標に掲げ、万が一事故が起こっても誰もが冷静に対処できるように、アスリートが講師を務める「いのちの教室」を開催し、「一次救命の知識と技術」、「いのちの大切さ」を子供たちに伝えている。

「AEDや心肺蘇生の知識やスキルは、いざというときに利用されなければ意味がありません。日本のAED普及率は世界でもトップクラスですが、使用率となるとわずかに4.7%程度にとどまっています。AEDが普及しても使われなければ命は救えません。万が一のときに、『いのちの教室』を受けたおかげで、人命救助のアクションを起こすための最初の一歩になってもらえればという想いで活動しています」。

飯沼はこのように語りながら、まっすぐに遠くを見つめた。その視線の先には、救われるべき尊い命がある。飯沼は、今日も水辺に立つ。日本の未来を水辺から変えるために。

 

瀬川泰祐=取材・文・写真

# 37.5歳の人生スナップ# ライフセーバー# 飯沼誠司
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