37.5歳の人生スナップ Vol.27
2018.10.29
LIFE STYLE

“副産物”こそ、僕の人生。40代で新たな価値観を見つけた男のストーリー

連載「37.5歳の人生スナップ」
人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。

「僕の人生のほとんどは、副産物でできている気がする」。

そう言って、豪快に笑うのは、かきぬまこういちさん(45歳)だ。

神奈川県辻堂海浜公園で開催された「THE GREEN GARDEN FESTIVAL 2018」。秋晴れという言葉がぴったりの天候のなか、かきぬまさんは自身が各方面に声をかけてプロデュースしたアクティビティスペースのブースを回っていた。

かきぬまさんは、辻堂を拠点としたアウトドア関連会社「TOP BANANA」の代表を務めている。「農場キャンプ」「ブッシュクラフト体験」などアウトドアシーンにおけるイベントのコーディネートやプロモーションを担当するなど、業務内容は多岐にわたる。

脱サラして「TOP BANANA」を本格的に動かしだしたのは2年前。この会社自体が、冒頭の「副産物」に端を発しているのだというから面白い。「副産物で生きていく」ことを決めたかきぬまさん。寄り道を恐れる人に知ってほしい、彼の人生観を覗いてみよう。

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会社員時代につくった、利益を産まない「会社」

広告代理店の制作会社で部長を務めていた当時、かきぬまさんは会議中どうしても納得いかないことがあった。

「僕の経験上、会議のなかで本気で腹抱えて笑った企画って実行されないんですよ。どれだけ社内で盛り上がっても、クライアントや企業としての立場を汲んで創り上げるから、結局できあがるとすごく味気ないものになって世の中に出ていく……それって面白くないじゃないですか」。

実際に会議で盛り上がった企画を、そのまま実行してみたかった。そこで、利益云々ではなく、面白いと思ったアイディアをどんどん実行するクリエイティブなチームを自ら社内で作ることにする。

「付けた名前がTOP BANANA。バーレスク発祥のスラングで、大トリのコメディアンが、バナナを持って舞台に立っていたことから生まれた言葉なんですけど、スポットライトを浴びるとか、主役って意味があるので、これだなって思ってつけました。企画って意見するだけじゃなくて、制作する人の意見を組み入れてこそ。みんなが楽しみながら、本気で意見を共有できる場をつくりたかったんです」。

トイレが長すぎるという話から、快適に長居するためにトイレの便座を高級な皮でつくる「OBENZA」企画など、企業相手では実現不可能なユニークなプロダクトを進めた。当然、利益に関しては度外視だ。

「会社役員には、TOP BANANAのクリエイトは利益を生まない会社であることを説明し自分で出資しました。会社のなかに小さな自分の会社を持つようなイメージでしょうか」。

こうして2014年に始まったTOP BANANA。クライアント相手だったら絶対にできない企画を、そのまま実現するのは刺激的で純粋に面白かった。

「昔から、レールを敷かれたところに沿って仕事をするのが苦手。今まで会社が取り組んでいなかったことに、手をだしたくなるタイプなんですよ」。

飄々とした佇まいでテンポよく言葉を紡ぐかきぬまさんだが、そこには常に目標値を高く持つ、生真面目さが垣間見える。

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大手広告ビジュアル制作会社から脱サラして起業

その後、広告ビジュアル制作会社にヘッドハンティングされ転職するものの、やはり頭から離れなかったのは、TOP BANANAで得たワクワク感だ。

「40代に入って、本当に自分は何がやりたいのか? に立ち返ったとき、真っ先に思い浮かんだのはTOP BANANAでの経験でした」。

本当に自分が面白いと思ったものを人に伝えたい、という信念が、かきぬまさんを独立に駆り立てた。

「例えばアウトドアブランドの広告でも、実際に山に登ってテントを張って……って経験をしていない人が、ほとんどコピーを書いている。でも実際に体験したことじゃなければ、それは『本当』とは言えないし、伝えようとしてはいけないんじゃないかと思うんです」。

それは長年、広告の世界にいたからこそ感じ続けていた違和感でもあった。こうしてかきぬまさんはTOP BANANAを動かしはじめ、自身の内なる声を大切にして、働いていくことを決める。

「アウトドアブランド『muraco』は1年間PRを担当してましたが、たぶんmuracoの人よりも僕のほうがテント泊の回数は多いいんじゃないかな?(笑)。この商品でどれだけ楽しいことができるか、それを身をもって体験、消化することで、自分の声で伝えていきたいんです」。

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キャンパーとして、全国を放浪

起業の際、アウトドアブランドをメインに動き始めたのも、野営好きという趣味(副産物)がもとになっている。

「野営をするようになったのは、28歳の頃。当時よく一緒に旅をしていた友人が釣り好きでした。僕、そんなに魚が好きじゃなかったんですけど、友人の釣りに付き合うなかで自分で釣って食べる魚がこんなに美味しいんだと実感できるようになって。やっぱり何事も体験してみないとっていうのも、このときから感じていたことです」。

休日はワーゲンバスでキャンプをしながら、全国各地を放浪し、旅先で知り合いを増やしていった。まるでフーテンの寅さんのような生き方だ。

現在もそのスタイルは変わらない。辻堂を拠点にしているものの、自由気ままに好きな場所で野営を楽しむ生活を送っているという。ベースを持たないからこそ、なんの制限もなく自由に考え、動けるのかもしれない。

「京都でふらりと入った建物で知り合った車関連の店主なんて、今では京都のクラシックカーの師匠みたいな存在だよ」。

そう言ってにやりと笑うかきぬまさんは、じつにチャーミング。その魅力からどんどん繋がりが増えていく。取材中も、多くの人がかきぬまさんを見つけると声をかけて近寄ってくる。そこには自然と温かな輪が生まれ、常にその中心にかきぬまさんはいた。

「若いときは東京にしがみついていたけど、大人になってそれがどれだけ無意味なことかわかりました。価値や伝えたいメッセージが本物であれば、そこには人が集まる。どこにいたって、人生はどうにかなるし(笑)。旅をするなかで、家を買うこと自体、そんなに重要なことではないかなと思うようになりました」。

仕事も家も、人生において一般的に「メイン」とされている。しかし、そこにどれだけの価値があるのか真剣に考えたことがあるだろうか。もしかしたら世の中で大事とされているだけで、自分の人生には他にもっと大切で楽しいことが眠っているかもしれない。かきぬまさんは常にそんな固定概念にとらわれないプライオリティを探し求めている。

「旅先での出会いだってすべて副産物だけど、最近思うんですよね。あれ? 副産物のほうが面白いんじゃない? って。稼ぐとか家を買うとかより、もっと自分には大切なことがあるんじゃないかって」。

企画会議の副産物から始まった、40代の新たなスタート。先が見えない展開を何よりも楽しんでいるのは、かきぬまさん自身のようだ。

 

取材・文=藤野ゆり(清談社)

# 37.5歳の人生スナップ# TOP BANANA# キャンバー
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