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2017.03.25

ライフ

煮物の道もハンバーグから


昼時の定食屋さんに来ると、いろんな人たちに出会える。
「街角OSSANコラム」を最初から読む
サラリーマンやOLはもちろん、工事現場で働く作業員さんや近所の大学に通う学生さん、
上下スエットで今起きましたと言わんばかりの寝癖をまとった職業不詳の人、
孤独のグルメを気取ったひとり客に、こんな時間からもう飲んでるの?
というおじいさんまで、
とにかくいろんな人種に出会える場所である。
そして何より戦場だ。
店員の動きにも無駄が無い。出来上がった品物を運び、その勢いでレジへ行き会計、
空いたお皿を下げて戻る、手ぶらでは決して戻らない。
そして声もデカい。厨房までいったい何百メートル離れているんだ?
というくらいの大声で
「生姜焼き一丁!!」と叫ぶ。
もし、数件先に同じ定食屋さんがあったなら、間違って作ってしまうんじゃないか?
と 心配になるくらいの声量だ。
そんな店員が、サバの味噌煮定食を運んで行く。
持って行った先は、私よりもあとに入って来たサラリーマンのグループだ。
サバの味噌煮定食のほうが早く出たか……お客さんを回転させてなんぼの昼の定食屋さんでは よくあることだ。そう思いつつサバの味噌煮定食を目で追って行く。
すると、上司の男性とサバの味噌煮定食を頼んだ部下との会話が聞こえてきた。
部下:「いや〜、どうも最近肉より魚派なんすよね〜」
上司:「そうか……年取ると、味覚が変わってくるからな〜」
部下:「それなんすよ〜 最近煮物とか山菜とかが美味しく感じてきましてね〜」
上司:「年取った証拠だよ」
部下:「でも家帰ると子供に合わせてハンバーグとか肉料理ばっかりで……」
上司:「子供はハンバーグ大好きだからな〜」
部下:「僕も大好きでしたよ〜。でも今はたまにでいいです。今では、定食の小鉢で付いて くるおひたしや煮物が好きなオッサンですよ」
すると上司がぼそりと名言調にこうつぶやいた。
上司:「煮物の道もハンバーグからってとこか……」
名言である。
確かに、年を取ると味覚は変わってくる。
それには、いくつかの原因があり、ひとつは味覚の衰えと消化器系の衰え。
そしてもうひとつは「思い出」や「経験」が原因と言われているそうです。
味覚や消化器系の衰えは、年齢を重ねれば致し方ないことである。
むしろ、それだけ使い込んできたと捉えることもできる。
しかし、「思い出」や「経験」で味覚が変わるというのには私も驚かされた記憶がある。
味覚とは「甘味」「旨味」「塩味」「苦味」「酸味」という五味で構成され、
そのうち「苦味」と「酸味」は、本来人間の防衛本能が避ける味なのだそうだ。
しかし、習慣や思い出によって、それらを美味しいと感じるようになるらしい。
つまり、成長することで感じ方が変わるのが味覚なのだ。
http://nomimono.kirin.co.jp/old/000085.html 参照
若い頃、ビールが苦手だった人が、年を取って美味しく感じるようになるのは、お酒を飲んだ楽しい思い出やリフレッシュした経験、そしてそれらを繰り返すことで得られる「苦味」に対する慣れなどが理由なのである。
煮物や山菜などを美味しく感じるのは、ひとつは消化器系の衰えでこってりしたものよりあっさりした和食が好みになること。
そしてもうひとつは、山菜などの苦味が成長によって美味しさになることで引き起こされるのである。
つまり味覚の変化とは人間の成長の軌跡でもあるのだ。
子供の頃の母が作ったハンバーグの味、部活帰りに食べたマックのポテトの味、社会人になって飲んだビールの味、初めて食べた彼女の手料理の味、プロポーズした日の夕食の味、それらを経て、久しぶりに実家に帰って食べた母の煮物の味 へとたどり着く。
自分の成長の軌跡が、人生の美味いの軌跡が、ハンバーグから煮物に繋がってひとつの道になる。
それが「煮物の道もハンバーグから」である。
そんな風にこの名言を噛み締めていると、部下の男性がこう切り出した。
部下:「味覚が変わっても、ペヤングは変わらずずっと好きですけどね〜」
そう! 日本のペヤングという食べ物はずっと美味い。
文:ペル・ワジャフ准教授

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