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2019.08.05

あそぶ

ヨーロッパ最古のクリスタルブランド「サンルイ」らしいスタイルとは

これまで多くの歴史あるブランドを紹介してきたが、今回は別格。1586年創業。ヨーロッパ大陸最古のクリスタルブランドが、フランスのサンルイだ。その歴史は多くのエピソードに彩られている。しかし驚くべきは、今なお創業地の静かな森のなかで、一つひとつを職人が手作りしていることにある。

サンルイとは?
1586年、旧ロレーヌ公国に創設された「ミュンツタール・ガラス工房」が前身。フランスに併合されたのち、1767年、ルイ15世により「サンルイ王立ガラス工房」の称号を授かる。程なくヨーロッパ大陸におけるクリスタル製造の先駆けとなり、19世紀には既にグラスをはじめ花瓶、燭台、シャンデリアなどを製作。現在も変わることなく、フランス北東部ロレーヌ地方の小さな村「サンルイ」に工房を構え、美しいクリスタルを作り続けている。精緻な装飾を閉じ込めたペーパーウェイトも有名。


「クリスタル作りを教科書で学ぶことはできません」


CEO ジェローム・ドゥ・ラヴェルニョール氏 ’06年よりエルメス・サービス・グループのジェネラルマネージャーとなり、’10年にサンルイのCEOに就任する。 CEO ジェローム・ドゥ・ラヴェルニョール氏 監査法人勤務ののち、1994年にエルメス・グループに入社。グループ各社での財務・監査などの経験を経て、2004年、エルメス・セリエ社のジェネラルマネージャーに就任。’06年よりエルメス・サービス・グループのジェネラルマネージャーとなり、’10年にサンルイのCEOに就任する。


“クリスタル”とはいったい何か。普通のガラスとどう違うのか。サンルイのCEOを務めるラヴェルニョール氏の答えは実に明快だ。

「ガラス原料を溶かすときに鉛(※1)を加えればクリスタルとなります。通常のガラスと異なる点は3つ。光の屈折率が変化して輝きを放ち、指で弾くと高く澄んだ音を発し、より重みを増します。1781年以来、私たちは一貫してクリスタルのみを作り続けてきました」。

それ以前はサンルイも一般的なガラス製品しか作っていなかった。もともとクリスタルはイギリスで誕生し、その製法は門外不出だったからだ。しかし「ガラス製造の分野でイギリスと競争するため」に、ルイ15世の督励のもと、当時15年にわたる研究を経てクリスタル製造に成功したのである。

「私たちの工房を訪れたとしたら、誰もがその職人たちの仕事ぶりに驚くと思います。グラスも花瓶も照明類も、その作り方は19世紀からいっさい変わっていないからです。すべてのクリスタル製品は職人が口で吹いて成形し、手作業でカットやエングレービング(彫り込み)を施しているのです」。

クリスタル製作は大きく2つの工程に分けられる。炉やバーナー、すなわち火力を用いてクリスタルを溶解・成形する“ホットワーク”と、エングレービングや金彩といった華麗な装飾を担当する“コールドワーク”だ。

「それぞれ工房も職人もまったく別という、いわば“2つの世界”。創業以来、彼らはライバル同士のような関係であり、互いに会話することすら稀でした。そこで私はCEOに就任した当時、彼らに『同じファミリーである』ことを理解してもらうために、ある提案を持ち掛けたのです」。

“ホット”と“コールド”それぞれの最高責任者を呼び、「私のために何か作ってほしい。ただし“一緒に”作ってください」とリクエスト。そして2012年に生まれたのが、「異なる2つが融合する」という意味を持つ「オキシモール」だ。伝統的なクリスタルグラスに、アールデコ調のソリッドなカッティングが施された人気コレクションのひとつである。

「しばしば『サンルイらしいスタイルとは?』と聞かれますが、私は『サンルイにスタイルはありません』と答えています。私たちは概ね年に2回、外部のデザイナーを迎えて新作を発表します。デザイナーと職人の間には衝突もありますが、最終的にはひとつの製品を作り上げ、ブランドに新たな息吹をもたらしてくれます。培ってきた歴史をベースに革新を続けていくこと。あえて言えば、それが私たちのスタイルかもしれません」。

そんなサンルイの伝統と革新、そして高い品質を支えているのが、卓抜した技術力を持つ職人たちだ。

「在籍する職人の平均年齢は38歳。年齢を重ねた熟練の職人を頂点とした、ピラミッド型の構成を理想としています。職人が一人前になるには少なく見積もっても10年はかかる。そのためにフランス国内の工芸学校と連携して優秀な生徒をスカウトし、社内で研修を重ね、新たな職人を育成しています。クリスタル作りを教科書で学ぶことはできません。優れた技術を間近で観察することでしか、本物の技術は身に付かないのです」。

 

※1 鉛
酸化鉛のこと。純度の高い珪砂、炭酸カリウム、酸化鉛を混ぜた原料を1350℃で溶解・精製すると、クリスタルの“種”が生まれる。その種を成形、カット、装飾して製品に仕上げていく。

 

加瀬友重=編集・文

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