スニーカー世代を刺激する「一足触発」 Vol.56
2020.03.05
FASHION

知る人ぞ知る名スニーカー「ワクワ」。誕生まで30カ月の難産の裏側

ファッション業界人なら誰もが一目置くコンセプトショップ「アナトミカ(Anatomica)」に、「ワクワ(WAKOUWA)」というスニーカーブランドがあるのをご存じだろうか。

ファッション業界人なら誰もが一目置くセレクトショップ「Anatomica(アナトミカ)」にあるスニーカーブランド「WAKOUWA(ワクワ)」。
WAKOUWA DOLLが描かれたヒールパッチ。

「パリへ打ち合わせに行ったとき、道すがら、ところでスニーカーは何が好きなんだって尋ねた。ピエールはスペリーと即答した。もっともだと思ったね。彼がかつて扱っていた唯一のアメリカのスニーカーだし、同じ質問をされたらやっぱり僕も、スペリーと答えただろう」。

こう答えるのは、ワクワを手掛けるサーティーファイブサマーズの総帥、寺本欣児。彼の言うピエールとはアナトミカの生みの親、ピエール・フルニエのことである。

意見の一致を見て寺本がデニムに次いでアナトミカ・レーベルで作ったのが、「U.S.Navy 1938 by SPERRY TOPSIDER(スペリー トップサイダー)」をベースモデルとしたスニーカーだった。

アナトミカ東京で、オールデンの革靴と並んでディスプレイされているワクワのスニーカー。

その名はワクワ。ピエールの代名詞的存在であるオールデンと並んでアナトミカのシューズフロアに飾られている。

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木型修正8回、トータル30カ月

「もちろんコンバースもブルックスもニューバランスも……ハイテクだって好きだよ。好きだけど、男前なスニーカーって考えればスペリーに軍配があがる。内羽根ってのがたまらないよね。革靴ならオックスフォードといわれるデザインだ。スマートで、エレガント。僕も好んで履くのがハイカット。内羽根のハイカットなんて見たことないだろ。こだわりの一足だよ」。

1938年製の海軍用のボートシューズのカラーパレットを再現。/WAKOUWA(アナトミカ東京)
1938年製の海軍用のボートシューズのカラーパレットを再現。絶妙な色味だ。ローカット1万7800円、ハイカット1万9800円/ワクワ(アナトミカ 東京 03-5823-6186)

作ることが決まったはいいが、これが下駄を履かせることなく艱難辛苦の日々だった。木型の修正だけで、じつに8回。話がもちあがって完成するまでに30カ月もの期間を要した。

ピエールが唱える“SCIENTIFIC SHOE FITTING”、つまりアナトミカルな構造をかたちにしようと思えば時間がかかるのも仕方がない。

「左右非対称な甲の峰のライン、オブリークなシェイプ、アーチサポート……すべて大量生産に突き進むなかで振り落とされていった設計思想だからね。今の木型職人に作れって言ったって簡単に理解できるものじゃない。しかしそれにつけてもピエールの細かさったらない。“デビル・オブ・ディテール”と自ら言うのももっともだと恐れ入った。このままじゃ埒があかないと思って、最後はピエールを工場に連れていって直接やりとりさせたよ」。

アッパーに10.1オンス、ライニングに12オンスを採用。オンスの異なるキャンバスを使うことで履き込むうちにフィット感が増す。素朴な風合いもたまらない。

苦労に苦労を重ねたワクワは、ヴィンテージのエキスパートとして世界でも知られた寺本の持ち味も存分に生きた。

1938年製の海軍用のボートシューズを再現したブラウン×ブラックのカラーパレット、1960年代後半〜70年代中盤のモデルから取り込んだ意匠の数々、型から起こしたスペリーソール──ファンが泣いて喜ぶスペックのオンパレードである。

スペリーソールに敬意を払い、波型の切れ込みを入れた。

聞けば、寺本が集めたヴィンテージは5000をくだらないというから目を丸くした。

底付けはもちろんヴァルカナイズド製法。一般にこの製法はゴム底の強度や弾性を引き出し、フットウェアとしての一体感を高め、型崩れがしにくいといわれるが、寺本は「セメントだって悪くないよ。そこはノスタルジックな気分だね。なんてったってスニーカー最古の製法だからね」と笑う。

「ワクワ」はスイス製玩具の名前だった。

「5歳のピエール少年は冬のある日、ボン・マルシェのショーウインドウに顔がつぶれるくらい張りついた。そこに飾られていたのがワクワだった。

犬や猫、シマウマ、キリンを模した木製のそのおもちゃをピエールはクリスマスプレゼントに願ったが叶わなかった。以来おもちゃ屋や蚤の市をしらみ潰しに探すも見つからなかったそうだ。その執念にサンタもきっとおののいたのだろう(笑)。大人になったピエールは商標を持っている人間を突きとめて、買いとることに成功した」。

ピエール・フルニエ(ぴえーる・ふるにえ)●1973年に現代のセレクトショップのルーツといわれるグローブ、1979年にエミスフェールをオープン。1993年にビジネスパートーナーが死去したのにともなってエミスフェールを清算、その1年後に、パリ4区にアナトミカをオープンした。

スペリーソールは犬の肉球がヒントになって生まれた意匠だ。大切にとっておいた商標は、寺本が日本で苦労して作り上げたスニーカーに打ってつけだった。

「ピエールってのはアーティスティックでロマンティックな男なんです」。

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オウ、マイ、キンジ

「僕は阪神淡路大震災を機に上京するんだけど、(本国の)アナトミカがオープンしたのはそんなときだった。もちろんピエールのことは知っていたからね。今度はどんな店を作ったんだろうと冷やかしがてらのぞいてのけぞった。オールデンとともに売り場を占拠していたのはビルケンシュトックにバークマン。バークマンはウッドサンダルのブランドだ。その品揃えを見て、ピエールは只者じゃないって確信したね」。

寺本欣児(てらもと・きんじ)●1989年、25歳の年に神戸でサーティーファイブサマーズを創業。ロッキーマウンテンフェザーベッド、マイティーマック、ビッグヤンクの“実名復刻”を果たす。2008年にアナトミカのオリジナルレーベルをローンチ。社名に込めた思いは「創業から35年後の夏に辞める」。5年後がその時となる。

ドイツのケンペルでひと山当てたり、1980年代後半にその看板を下ろしたロッキーマウンテンフェザーベッドの商標を買ったりと、日々の仕事をこなしながらもピエールのことは寺本の頭から離れなかった。

2006年。寺本は勇を鼓して売り込みに向かった。アイテムは、ブルックス ブラザーズのアメリカ最後の下請け工場で作ったボタンダウン。生地はブルックス ブラザーズと蜜月の関係にあったダンリバー社製。渾身の一着だ。ところがピエールはシャツには見向きもしないで寺本がはいていたデニムに釘付けになった。

そのデニムはUS.ネイビーのアーカイブをベースに作った、ノーシームのファイブポケットだった。

「当時のピエールはアメリカのプロダクトから距離を置いていた。なぜなら猫も杓子もアメリカの時代だったからね。でもその魅力には抗えなかったんだろう。僕としてはシャツを見てもらいたかったんだけどね(笑)」。

寺本は2年かけてピエールのリクエストすべてに応えた一本を完成させた。それまでアナトミカではデニムを扱っていなかったこともあって、初回発注分の100本はあっという間に売れ切れたという。何百本もリオーダーが入って、卸すことも決まった。

ピエールとは「オウ、マイ、キンジ」と呼ばれる仲になった。先のシームレスを特徴とするモデル618やラグラン袖のコートなどかれこれ20点は作ってきたが、ひと筋縄ではいかないアナトミカのオリジナルのなかでももっとも手こずったのがワクワだった。

「気付けばあっという間に55歳。引退宣言した60歳まであと5年しかない。今となってはやりたいことがまだまだあるから前言は撤回しちゃうだろうね(笑)。何がしたいのかって? それはもちろん、アナトミカを通してMADE IN JAPANの魅力を伝えること。これに尽きるね。さしあたって革靴を完成させたい。実はすでに6年半かけているのにまだ発展途上なんだ。ぼくは江戸店と呼んでいるんだけど、この東日本橋の店が10周年を迎える2021年にはなんとか、って思っています」。

神田川のほとりに店を構えるアナトミカ東京。
寺本が「江戸店」と呼ぶアナトミカ東京。

住所:東京都中央区東日本橋2-27-19 Sビル1F
電話番号:03-5823-6186
営業:13:00〜20:00
火曜定休

[問い合わせ]
アナトミカ 東京
03-5823-6186

竹川 圭=文

# アナトミカ# スニーカー# ワクワ
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