だからマツダが好き! あえて“EVらしくなく”作った初の電気自動車「MX-30 EV」
一流の調教師にかかれば、どんな馬でも気持ちよく走れるようになるらしい。
すべての車に「人馬一体」を掲げるマツダ。初めて手掛けた電気自動車「MX-30 EV」もまた、人馬一体の心地よい走りを、独自のアプローチで追い求めていた。

乗ればすぐに、ほかの電気自動車との違いがわかる。
電気自動車=力強い加速、が良い意味で裏切られる。いや、確かに加速は鋭い。このボディサイズの車から想像する加速のMAXレベルだ。
だが、ほかの電気自動車を知る者からすれば、少し拍子抜けする。電気自動車ならもっと驚くような加速をするはずじゃないのか?

もちろん、マツダはこれを敢えてやっている。
ディーラー周辺をちょっと走る程度の試乗なら、本来もっと加速を力強くしたほうが「新しい乗りもの感」が分かりやすいから、販売する側としても「電気自動車、ありですよね!」と謳いやすいはずなのに。
理由を知れば、その商売っ気のなさに、こっちが心配になるほどだ。
なぜ、“わかりやすい電気自動車”にしなかったのか?
確かに電気自動車はガソリンエンジンより大トルクを最初から最大限に発揮できる。だから加速が力強い。
けれど、そうやってスタートダッシュを決めれば、当然減速が必要だ。そこで回生ブレーキを強めて、アクセルから足を離すとエンジン車以上に減速するか、強くブレーキを踏むことになる。
エンジン車とのこうした違いが「新しい乗り物感」を与える一因だが、その分、購入後しばらく「電気自動車」に慣れる必要があるのも事実だ。

しかしMX-30 EVのアクセルオン/オフによる加減速感覚は、ガソリン車とほぼ同じだ。
マツダいわく「人間特性に基づいて高精度なトルクコントロール」を行ったという。これならガソリン車からスムーズに乗り換えられるだろう。
さらにバッテリーをボディ中央の下部に積むことで、マツダ車の中で最も理想的な重量バランスを得た。そこに同社自慢の気持ちよくコーナリングする技術「Gベクタリングコントロールプラス」の電気自動車バージョンを搭載したものだから、まあカーブを曲がる際のスムーズで揺れのない挙動はいちいち気持ちがいい。
ドライバーのステアリング操作から微塵も遅れることなく、それどころか「はじめからわかってましたよ」と車のほうが先んじて曲がってくれるような感覚さえ覚える。
あと10年程度で、電気自動車はそう珍しい乗り物ではなくなるだろう。そうなれば冒頭の「力強い加速」は、早々に新しさがなくなる。
しかし電気自動車の魅力はそれだけじゃない。「ガソリン車以上に乗り手の意図にリニアに動く」のもまた、電気自動車のメリットだ。

ガソリン車が燃料の量や燃焼タイミングは調整できたとしても、その先の燃焼によるガスの量やピストンの動きは「計算上」でしか制御できないのに対し、電気自動車はモーターの回転数まで電気で直接コントロールできる。
電気の量や流れるタイミングを小数点以下まで制御でき、エンジン車より思うがままにコントロールできるのが電気自動車だ。
あとはどうコントロールするか。一流調教師のマツダなら、例えばMX-30みたいに、人が乗るならこんなにも気持ちよく躾けることができますよ、ということなのだ。
MX-30 EVの一充電での航続可能距離は256km(WLTCモード)。街乗り中心ならこれで十分なのだが「やっぱり遠出はしたいよ」という人は、もう少しだけ待ってみてほしい。
MX-30 EVのボンネットを開けると、モーターなどが妙に左に寄っていて、右は床が見えるほど大きく空いている。噂では、ここにレンジエクステンダーとして、マツダのローターリーエンジンが載せられるとか、載せられないとか。
初めての電気自動車でさえ、わかりやすい“EVらしさ”に収まらず、わかりにくいが“マツダらしい”こだわりを出してくる。こういう所が、我々がマツダを好きな理由なのだ。
籠島康弘=文