
時流を捉えたセレクトに独自のスパイスが効いたコラボモデル。アトモスは東京のスニーカーショップの草分け的存在だ。そのディレクターを務めるのが小島奉文さんである。
今回は小島さんが惚れ込んだ至極のニューバランスを4足紹介しよう。
【写真30点】「アトモスディレクター小島さんが惚れ込む“黒”ニューバランス3選」の詳細を写真でチェック 話を聞いたのは……
小島奉文(こじま・ひろふみ)●アトモス・プロダクト シニア ディレクター。文化服装学院を卒業後、2001 年入社で業界のキャリアをスタートさせ、以降、アトモスでさまざまなポジションを歴任し、現在の役職に。
ナイキマニアがディレクター就任を機に雑食に

小島さんが幼い頃抱いていた将来の夢は、ゲームのプログラマー。近所のゲームセンターへ頻繁に足を運んでいた。そこで働く店員の姿が人生に大きな影響を与えることに。
「カッコ良い店員さんがいたんです。ボーダーのロンTの上にエイプのTシャツ、デニムにジャックパーセルを合わせていて。コーネリアスの小山田圭吾さんみたいで洒落てたんですよね。
すぐに打ち解けて、一緒に原宿へ頻繁に行くうちに気づいたらスニーカーの虜になってました。特にエア ジョーダンやエア マックスにどハマりしたんです」。
そして専門学校卒業後、就職したのがアトモス(旧チャプター)であった。入社して数年が経つ頃、小島さんの元にチャンスが訪れる。

「2013年にアトモス新宿店をナイキと協業でオープンする際、『社内で一番のナイキバカ』は誰だという話になったんです。そこで自分が選ばれ、店舗のディレクションを担当しました。単純にナイキが好きという理由で巡ってきた機会。人生、どう転ぶか分かりませんよね」。
そしてさらなる転機となったのが、アトモス全体のディレクターの就任だ。
「ディレクターとなれば、ナイキだけ詳しいともいきません。自ずと視野が広がり、“履かず嫌い”はなくなりました」。

あらゆるスニーカーに足を通すうちに、自然とニューバランスに惹かれていったという。
「確か、初めてニューバランスを知ったのは、雑誌で見た576のバーガンディのコードバンだったと思います。10代の頃は“大人が履くスニーカー”というイメージでした。
2000年代に入りアトモスで買い付けにも行くようになったとき、ニューバランスについて改めて調べてみたんです。そしたら実に掘り甲斐のあるブランドだなと。
まずは 574 を買いました。本当は made in usa のシリーズが欲しかったのですが金額的に手が出なくて(笑)。以後、買い付けでアメリカへ行く際にはレアものを探していましたね」。
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