OCEANS

SHARE

2017.10.12

たべる

酒蔵から直送。茨城の水と米にこだわる”ネオな”日本酒角打ち「窖」

「ネオ角打ち」という名の愉悦Vol.2
酒屋の店頭で飲むスタイルを「角打ち」と呼ぶ。「四角い升の角に口をつけて飲むから」「店の一角を仕切って立ち飲み席にするから」など名称の由来は諸説あるが、いずれにせよプロの酒飲みが集うイメージ。一般人には少々敷居が高い。しかし、最近では誰でも入りやすい新しいタイプの角打ちが続々と登場している。そんな「ネオ角打ち」の魅力に迫る連載です。
浅草に日本酒専門の角打ちがあると聞いた。店名は「窖」。「あなぐら」と読む。初めてお目にかかるが常用漢字とのことで、なるほど、ちゃんと変換された。
改修工事中の雷門
修学旅行生と外国人観光客で賑わう仲見世を抜けて伝法院通りを右折。
真正面にスカイツリー
店の前に置かれた紙製の大きな一升瓶が目印だ。
今年6月にオープンしたばかり
ここは、茨城の酒蔵が直営するアンテナショップ的な店舗だという。
期待が高まる
内装は高級ホテルのロビーのようだった。
「お部屋のご用意ございます」的な
オーナーの磯 貴太さん(45歳)
磯さんは茨城県笠間市にある磯蔵酒造の5代目。明治元年創業の老舗で、ここ15年ほどはフジロックやロック・イン・ジャパンなどの音楽フェスにも毎年出店している。
「茨城県は水が豊富で、耕地面積は北海道に次いで2位。コシヒカリの生産量も新潟県に次いで2位。とくに笠間の稲田は石で濾過された地下水を使っているので味も抜群。昔は地域一帯が『稲の里』と呼ばれていたほどです」
県内には日本酒の酒蔵も数多く存在したが、2011年の東日本大震災で深刻な打撃を受ける。東北に関するニュースに隠れて大々的には報じられなかったが、「酒蔵への被害は茨城がトップだったのでは」と磯さんは言う。
そんな時、東北と茨城の日本酒を応援しようと立ち上がってくれたのが浅草料理飲食業組合だった。
「組合の方々と飲み歩いているうちに、浅草という街が『酒は人ありき』というウチの信念と完全に合致。直営店を出すなら浅草だなと。でもね、浅草って賃料が青山並みに高いんですよ」
どうしようかと思いながら炉端焼き屋で飲んでいた時のこと。何気なく、「物件を探しているんです」と主人に伝えたところ、「ちょうど店を畳もうと思っていたから、ここでやりなよ」という流れになったそうだ。
出店に至る経緯をひと通り聞けた。さっそく、自慢の日本酒をいただこう。磯蔵酒造が作る日本酒は「稲里」という銘柄。前出の「稲の里」から取ったという。
値段は300円から1000円
いろんな種類を飲んでみたいということで、「3種類飲み比べ」(1000円)を注文。
左から、辛口、純米、大吟醸五百万石
おお……
どれも美味しい。大吟醸はさすがに上品な味わいだが、個人的には純米が好みだった。しかし、先ほどから壁の岩石が気になる。女性スタッフいわく、「これ、富士山の溶岩なんです」。
炉端焼き屋の主人が持ち出し可能な時代に取り寄せたものだそうだ
ちなみに、彼女の趣味は2年前から始めたという御朱印集め。渋い。
ともに浅草寺の御朱印
一般的にお寺は行書体、神社は行書体という御朱印豆知識も得た。
遠方にも足を延ばす気合の入りよう
飲み比べセットを堪能した。お代わりは何がいいかと磯さんに聞くと、「純米 熟成出荷」(800円)のぬる燗を勧めてくれた。「日本酒は温めるといいところも悪いところも出るんです」。
イカと昆布のおつまみはサービス
隣で飲んでいた紳士がカウンターの上に置いているものが目に入った。聞けば、「これは能で使われる笛で『能管』っていうの。雅楽の世界では『龍笛』ね」。「音色を聴きたい」と頼んだら吹いてくれた。
能 meets 日本酒
磯さんは生まれも育ちも笠間市だが、酒造を継ぐ気はなかったそうだ。
「弟が農大の醸造科に行くと言うから、そっちの方が適任でしょうと思って。18歳の時に上京して音楽をやりながら土木作業の現場やジャズクラブでバイトしてました。土木作業はお金目当て、ジャズクラブは趣味ですね(笑)」
気ままな暮らしだったが、家の事情で呼び戻されて5代目となる。現在は笠間と浅草を行ったり来たりする生活だ。
日本酒を買いに来たオーストラリア人女性
「僕は食べることが好きだから、どんなに飲んでも締めのラーメンは外せません(笑)。あとは、この料理にどんな日本酒を合わせようかと考えるのが楽しいですね」。たとえば、モツ煮は燗酒、刺身は吟醸酒、洋食なら純米酒といった具合だという。
「原料でいえば、食事はワインより日本酒のほうが合うはずなんです。ぶどうを食べながらおかずを食べたりしないでしょう。でも、日本酒は米だから相性もバッチリ」
店内では酒器などの酒にまつわる雑貨も購入できる
「最近の日本酒業界は、いろんな“こだわり”を打ち出しているけど、僕らはとにかく味だけにこだわっています。米の出来や気象など、毎年違う条件で同じ味を出すのは本当に難しい」
飲み比べセットに加えて3杯。いい具合にほろ酔いである。窖を辞去し、駅に向かって歩いていると、締めのラーメンならぬ締めの1杯を飲みたくなった。
地下鉄浅草駅の改札口に隣接する地下商店街
ここで日本酒を飲んでいると、どちらからともなく男性2人組と会話が始まった。彼らは私鉄の運転士だった。
サシで飲むのは初めてだという先輩(左)と後輩(右)
日本酒の角打ちに行って来た旨を伝えると、後輩が「日本酒いいっすよね!」と言って仙台駅にある日本酒バルのショップカードを取り出した。
そう、日本酒はいいのだ。しかも、それが角打ちならなおさら……。
取材・文/石原たきび


SHARE

次の記事を読み込んでいます。